音楽監督としてオーケストラと共に歩む【指揮者・阿部加奈子の世界かけ巡り音楽見聞録】
ある時は指揮者、またある時は作曲家、そしてまたある時はピアニスト……その素顔は世界平和と人類愛を追求する大阪のオバチャン。ヨーロッパを拠点に年間10ヵ国以上をかけ巡る指揮者・阿部加奈子が出会った人、食べ物、自然、音楽etc.を通じて、目まぐるしく移りゆく世界の行く末を見つめます。 福間洸太朗さんをお迎えして初共演 皆さん、こんにちは! 5月は私が音楽監督を務めるドーム交響楽団の公演のため、フランスはオーヴェルニュ地方に来ていました。今回の公演でソリストにお迎えしたのはピアニストの福間洸太朗さん。福間さんとは数年前に知り合って以来、お互いオランダの住まいが近いこともあり、個人的に親しくさせていただいていましたが、実は今回が初共演。国際的に活躍する福間さんの演奏を、オーヴェルニュの人々に聴いていただける日をずっと楽しみにしていました。 今回共演した福間洸太朗さんとピュイ・ド・ドームの山頂にて。手に持っているのは公演のチラシ。 この日はオフを利用して、福間さんやオケのメンバーと一緒に登山しました! 福間さんが演奏したのは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第4番。ピアノ協奏曲のなかでもとりわけ難易度が高く、ピアノにもオーケストラにも非常に高度なテクニックが求められる難曲です。そのため2番や3番に比べて演奏される機会は少ないですが、作曲家の新しい試みが随所に盛り込まれていて、演奏するたびにたくさんの発見があります。福間さんもかねてからこの曲が大好きだったそうで、とても意欲的に取り組んでくださいました。 公演は会場を変えて3日間行われましたが、いずれも大盛況! 素晴らしい演奏を披露してくださった福間さんの音楽性と人間性、そして流暢なフランス語は、オーヴェルニュの聴衆だけでなくオーケストラの団員をもすっかり魅了してしまいました。私も、わがドーム交響楽団に尊敬する友人・福間さんをお招きし、一緒に音楽を作り上げる時間を共有することができて胸がいっぱいになりました。 福間さんの演奏に、オーヴェルニュの聴衆は大盛り上がり! ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第4番」を熱演し、会場の熱い拍手に応える福間さん。 オーヴェルニュ地方は「この世のパラダイス」 ドーム交響楽団の本拠地は、オーヴェルニュ地方の豊かな自然に恵まれた街クレルモン=フェランにあります。この地域には世界遺産にも登録されている「シェーヌ・ド・ピュイ」というユーラシア大陸最古の休火山群があり、温泉湧出地としても有名。日本でも「ボルヴィック」というミネラルウォーターが売っていますよね? あれはオーヴェルニュが水源なんですよ。それからタイヤメーカーのミシュラン。「ミシュランガイド」といった方が馴染みのある方が多いでしょうか。ミシュランの本社もここ、クレルモン=フェランにあります。 ドーム交響楽団の本拠地、クレルモン=フェランの街並み。 街中でひときわ目を引く大聖堂。シェーヌ・ド・ピュイ火山群の溶岩から作られたため、こんな黒い色をしています。 フランスのどの都市もだいたいパリからTGV(テージェーヴェー、フランスの高速鉄道)で行けるのですが、クレルモン=フェランだけはTGVが通っていない! ですから、いつもパリから特急電車で4時間弱(!)かけて移動します。大変ですが、駅に降り立った瞬間に体に染みわたる澄んだ空気は格別です。私は小さい頃から大阪で金剛山や六甲山を見て育ったせいか、遠くに山並みが見えると落ち着くんです。だからここへ来るといつもホッとします。「フランスでもっとも開発の遅れた地域」なんて言われていますが、私からすれば「この世のパラダイス」です。 福間さんたちと登ったピュイ・ド・ドームからの眺望。 ここは火山灰を含んだ肥沃な土地のおかげで、農業や畜産がとてもさかんです。山のあちこちに牛や羊が放牧されていて、牛肉やチーズの生産地としても有名です。マッシュポテトにたっぷりチーズをねりこんだ「アリゴ」、ソーセージやハムを野菜と一緒に煮込んだ「ポテ」など、この地ならではの郷土料理がたくさんあります。水も空気も食べ物も美味しい。まさに「この世のパラダイス」でしょう?(笑) オーヴェルニュで有名なチーズ(サンネクテール、サレール、フルム・ダンベール……) 私が音楽監督になった経緯 ドーム交響楽団は今から40年ほど前にこの地で生まれたプロオーケストラです。私は2022年に音楽監督に就任しましたが、その前任者が創設者です。彼はもともと作曲家としてこの地の音楽院で教えていたのですが、音楽院に勤める先生たちがオーケストラで演奏する機会がないのを見て、オーケストラの創設を思い立ったといいます。というのも、オーヴェルニュ地方には国立オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ管弦楽団という国内屈指のレベルを誇る演奏団体があるのですが、「音楽院の先生は採用しない」という方針を採っているのです。おそらく「教師とプロ・プレイヤーは両立できない」という考え方なのでしょう。 当時20代だった創設者は、音楽院の先生たちにもオケでしかできないレパートリーや演奏経験を拡げる媒体が必要だと考えました。また、オーヴェルニュの音楽好きな住民に、クラシック音楽を聴く場を提供したいという思いもあったようです。そして、最初は地域の志ある演奏家を集めてボランティアのようなかたちで始まったのが、少しずつ体制を整えながら現在のようなプロオーケストラに至ったというわけです。 私は、創設者にたまたま日本人の教え子がいたことがきっかけで彼と知り合ったのですが、あるときドーム交響楽団で客演予定だった指揮者が出演できなくなり、急遽代演を務めたことがありました。その公演はとてもうまくいって、オケもお客さんも喜んでくださったし、私も良い思い出になったなぁと思っていたら、「また次回も来てほしい」と。それで何度か客演することが続いたあと、「音楽監督になっていただきたい」というオファーをいただいたのでした。そして2022年には音楽監督に、2024年には芸術監督も兼任するかたちで就任することとなりました。 本来なら、地元に住んでいる指揮者から選ぶべきなのでしょう。実際、オーケストラの経営陣からは、そのような声もあったようです。たしかに私はオーヴェルニュどころかフランスにすら住んでいないですし、一年中世界のあちこちを移動していて、オーヴェルニュに来られる機会は限られています。けれど、それでも私を音楽監督として迎えたいと思ってくださった方が多数いたのだそうです。しかも、「加奈子がオーヴェルニュに来られる範囲で演奏会を開催しましょう」とまで提案してくださった。そんな風に思ってもらえたことがとても嬉しかったですね。 「変えるべきこと」と「変えないこと」 とはいえ、創設から40年以上も同じ人の下で運営されてきたオーケストラですから、やることは山積みです。就任後、最初に着手したのは地元の音楽院・音楽学校との提携です。演奏会に出演するソリストを音楽院に招いてマスタークラスを開催したり、私が音楽院に出向いて演奏会で取り上げる曲の解説を行うなど、地域の音楽教育の推進につながる機会をドーム交響楽団として提供する代わりに、音楽院のホールや楽譜などの貸し出しを優遇してもらうような協力関係を作りたいと思いました。 また、オーケストラに関しても課題は山積みです。私が就任するまでは、創設者が地元の顔のような存在でした。地元企業や支援者とのつながりも、彼のキャラクターでもっていたような部分もあります。彼が引退したことで、これまでのお客さんがオーケストラから離れていってしまうような事態は避けなければなりません。そのためには、オーケストラ自体、つまり「ドーム交響楽団」にしっかりと聴衆がつくことが重要です。また、メンバーの平均年齢も高齢化しているので、若手を入れて育てていくことも考えなければなりません。 しかし、どんどん改革を進めてゆくのが果たして良いことなのかどうかは悩むところです。「白河の清きに魚も棲みかねて もとの濁りの田沼恋しき」なんて言葉もありますよね。40年以上、家族のようにやってきたオーケストラですから、急激な変化に不安を感じる人もいるでしょう。やらなければならないことはたくさんありますが、あまり自分のビジョンにこだわらず、長いスパンでとらえていくのが大事かなと思っています。ある意味、いまは「変えるべきこと」と「変えないこと」のさじ加減を見定めているところと言えるかもしれません。 ドーム交響楽団の個性 ドーム交響楽団の音の個性をひと言で表すなら、「熱い」。普通のプロオケと違って年間の演奏回数が少ないので、一つ一つの公演にかける熱量が高いんです。それから、ラテン気質というのか、音のカラーがとても明るい。「明るい」といってもペンキで厚塗りしたようなビビッドカラーではなくて、透明感のある虹のような色合い。だから明るいのに空気を含んだように軽いんです。オケの創設者は作曲家でもあり、自作曲もよく演奏していたので、新しい曲に対する抵抗が少ないのも良いところですね。彼らの持ち味を生かしつつ、少しずつ新しいレパートリーも広げていきたいと思っています。そして、いつか日本へ連れて行って、皆さんにドーム交響楽団の音楽を聴いていただけたら最高です! その日を夢見て、一歩ずつ精進していきたいと思います。(了) 本連載は今回が最終回となります。連載をまとめた書籍は今秋出版予定。ぜひ楽しみにしていてください!(編集部)...