“悪魔”は仕事も家庭も諦めなかった! シングルファーザー・パガニーニ ~『漫画 パガニーニ』ミニライブ&トークイベントレポートin ヤマハミュージック横浜みなとみらい~

“悪魔”は仕事も家庭も諦めなかった! シングルファーザー・パガニーニ ~『漫画 パガニーニ』ミニライブ&トークイベントレポートin ヤマハミュージック横浜みなとみらい~

 

記録的な大雪となった2026年2月8日。ヤマハミュージック横浜みなとみらいで開催された『漫画 パガニーニ』ミニライブ&トークイベントは、悪天候にもかかわらず多くの観客が集い、濃密で忘れがたい音楽体験を生み出した。雪景色の中で鳴り響いた一日限りの“悪魔の旋律”を、現地の熱気とともに振り返る。


大雪の午後、小さな会場に集まった熱

 この日行われたのは、やまみちゆかさんの話題作『漫画 パガニーニ ~悪魔と呼ばれた超絶技巧ヴァイオリニスト~』の世界を、国内外で活躍するヴァイオリニスト・對馬佳祐(つしま・けいすけ)さんとの生演奏で味わうミニライブ&トークイベント。パガニーニをきっかけにSNSで交流を深めてきた二人が、特別なステージを届けた。

 会場に足を踏み入れると、予想以上に多くの来場者が集まっていた。開演10分前には30席が満席となり、立ち見客も出るほど。大雪の不安を押して集まった人々の熱気が、会場にじんわりと広がっていった。

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▲雪に包まれ、ランドマークタワーもかすむ当日朝の横浜の街並み。

漫画の世界から現れた“悪魔”

 開演とともに、スクリーンには『漫画 パガニーニ』冒頭のコマが映し出された。19世紀ヨーロッパを席巻した鬼才と、その演奏に熱狂する聴衆たち。迫力ある漫画のワンシーンとともに對馬さんが登場し、静かにヴァイオリンを構える。

 幕開けは、パガニーニ作曲『24の奇想曲』より第24番。1音目が鳴った瞬間、空気が変わった。音が“届く”のではなく、“触れる”ように迫ってくる。スクリーンに映し出された漫画の世界と、生のヴァイオリンの響きが重なり、客席はまるで19世紀の劇場に立ち会っているかのような感覚に包まれた。

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▲リハーサルのひととき。まるでパガニーニが蘇ったかのような對馬さんの演奏。

言葉で浮かび上がるパガニーニの素顔

 演奏後、会場は大きな拍手に包まれた。司会に招かれ、對馬さんに加えてやまみちさんもステージへ。演奏の余韻を受け継ぐように、ここからはパガニーニの人物像に迫るトークが展開された。世間には「悪魔」「ギャンブル中毒」「金に汚い」といった強烈なイメージも残る。そんな人物を、やまみちさんはなぜ漫画で描こうと思ったのか。

「悪評ばかりが先行していますが、調べれば調べるほど息子を大切にしていたり、周囲への愛情が見えてくる。たとえば、パガニーニがヨーロッパツアーをしていたとき、彼はシングルファーザーで、息子を抱えながら会場から会場へと渡り歩いていました。そのギャップに惹かれてしまったんです。今日のイベントで、パガニーニの本当の姿を知ってもらえたら嬉しいです」笑顔を添える言葉に、客席にも柔らかな笑みが広がり、遠い偉人がぐっと身近に感じられる瞬間が生まれた。

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▲やまみちさんの“パガ愛”あふれるトークに聴き入る会場。

超絶技巧の秘密――奏法解説コーナー

 続いては、ヴァイオリン奏法解説のコーナーへ。パガニーニが編み出したといわれる特殊奏法として、「重音」「ハーモニクス」「左手ピツィカート」の3つが紹介された。まず取り上げられたのは「重音」。本来ヴァイオリンは歌のように単旋律で奏でられる楽器だが、パガニーニは複数の弦を同時に押さえ、音を重ねて鳴らす奏法を発展させたという。次に紹介されたのは「ハーモニクス」。弦に軽く触れて弾くことで、笛のように澄んだ響きを生み出す倍音奏法だ。そして「左手ピツィカート」は、弓で旋律を奏でながら左手で弦をはじき伴奏を加える、一人二役のような技巧。對馬さんがさらりと実演すると、客席からは「おお……!」と感嘆の声が漏れた。技巧が“難しい技”ではなく、“音楽を語る言葉”として立ち上がる瞬間。観客は鮮やかな実演にすっかりくぎ付けになっていた。

リストとシューマン――時代を動かした影響力

 話題は音楽史へと広がる。パガニーニの衝撃はヴァイオリン界にとどまらず、他の作曲家たちの人生観さえ揺さぶった。リストは「俺はピアノのパガニーニになる!」と宣言し、超絶技巧作品を次々と生み出す。その象徴が「ラ・カンパネラ」だ。「この曲、リストの曲だと思っている人が多いんですけど、もともとはパガニーニの曲なんです。今日はこれを覚えて帰ってくださいね!」やまみちさんの熱弁に、会場は笑いに包まれた。さらにシューマンもまた、若き日にパガニーニの演奏に衝撃を受け、音楽の道を選んだという。紹介されたのは『パガニーニの奇想曲による6つの練習曲』より第2番。やまみちさんがピアノで一節を披露したあと、本家本元、パガニーニ『24の奇想曲』より第9番《狩》を對馬さんが演奏。超絶技巧が惜しみなく登場しながらも音楽は軽やかに歌い、会場は大きな熱気に包まれた。

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▲リストのイラストとともに、パガニーニが与えた影響を垣間見る。

終盤に響いた“歌うパガニーニ”

 ライブもいよいよ終盤。「誤解されてきたパガニーニを、少しでも好きになって、私と一緒に“パガ推し”してくれる方が増えたら嬉しいです」やまみちさんの言葉に、温かな拍手が起こる。

 最後に演奏されたのは、パガニーニの「カンタービレ」。對馬さんは「超絶技巧の陰に隠れがちだが、真骨頂は“歌う旋律”にもある」と語る。ここでサプライズとして、やまみちさんがピアノで参加しデュオ演奏が実現。「やまみち先生のピアノ演奏が見られるのはここだけですよ!」と對馬さんが煽ると、「やめてください(笑)」という軽妙なやり取りに会場から笑いがこぼれた。

 「カンタービレ」は、先の超絶技巧が映える演奏とは異なり、まるで歌のような穏やかな旋律が紡がれる。そこには、息子を愛し周囲を慈しむパガニーニの人柄が現れているようだった。音楽に合わせてスクリーンに親子の温かなワンシーンが映し出されると、涙ぐむ観客の姿も見られた。外の雪はすっかり止み、音楽の温かさだけが会場を包み込んでいた。

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▲パガニーニと息子アキーレ。親子の物語にも注目です。

サイン会、そして現代に響くパガニーニ

 終演後のサイン会には来場者が列を作った。小学生からシニア世代まで幅広い年齢の方が集い、雪の中、静岡や福岡から足を運んだ人もいたという。二人は一人ひとりに丁寧に応対し、「楽しかったです」という言葉に心からの喜びが滲んでいた。

 このイベントを通して浮かび上がったのは、パガニーニの真の姿だ。シングルファーザーとして息子を連れて演奏旅行を続け、「悪魔」という悪評さえブランディングへと変えていった。その姿は、多様な生き方が模索される現代にこそ、新鮮な示唆を与えてくれる。大雪の日の30分間は、200年の時を超えてパガニーニが今なお人を惹きつける理由を、静かに証明していた。

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▲最後は本を手に、お二人で記念撮影


取材・文/編集部

 

本記事で紹介した書籍

『漫画 パガニーニ ~悪魔と呼ばれた超絶技巧ヴァイオリニスト~』

『漫画 パガニーニ ~悪魔と呼ばれた超絶技巧ヴァイオリニスト~』

(発行:ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス)


著者:やまみちゆか 監修:浦久俊彦
発売日:2025年9月29日
仕様:A5判縦/224頁
定価:1,980円(税込)

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プロフィール

やまみち・ゆか

やまみち・ゆか

音楽イラストレーター、漫画家。
長崎県出身。長崎大学教育学部音楽科卒業、同大学院修了。
クラシック作曲家の人間的な側面をイラストや漫画で親しみやすく描く。
著書に『クラシック作曲家列伝』(マール社)、『ぼく、ベートーヴェン』(カワイ出版)、『マンガでわかるクラシック音楽の歴史入門』(KADOKAWA)他、『月刊ピアノ』(ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス)にて「もっと知りたい!作曲家のヒミツ」を連載中。

プロフィール

對馬佳祐(つしま・けいすけ)

對馬佳祐(つしま・けいすけ)

東京藝術大学を経てパリ国立高等音楽院ヴァイオリン科を首席で卒業。同音楽院室内楽科修士課程修了。江藤俊哉ヴァイオリンコンクール、フランス・バッハ国際音楽コンクール他、国内外のコンクールにて受賞多数。日本、フランスを中心にコンサートマスターおよびソリストとして活動し、現在、藝大フィルハーモニア管弦楽団コンサートマスターを務める。リサイタルを継続的に行い、初期バロックから現代作品まで幅広いレパートリーを扱う。NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』をはじめ多数の映像作品でソロを担当するなど、録音の分野でも実績を重ねている他、古楽奏者・ヴィオラ奏者としても活躍し、多数の演奏会に出演。現代音楽の分野ではアンサンブル・アンテルコンタンポラン、アンサンブル・ノマド、アンサンブル九条山などへ客演、多くの新作初演に参加。東京オペラシティ財団主催リサイタルシリーズ「B→C」では好評を博した。自編曲や自主企画公演、演奏配信などの活動も続けている。これまでに『北欧の調べ〜ヴァイオリン作品集』『ブゾーニ:ヴァイオリンソナタ集』『東京オペラシティ・ライブ』などの録音をリリース。


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