「作曲」を通じて新たに学んだこと【指揮者・阿部加奈子の世界かけ巡り音楽見聞録】
ある時は指揮者、またある時は作曲家、そしてまたある時はピアニスト……その素顔は世界平和と人類愛を追求する大阪のオバチャン。ヨーロッパを拠点に年間10ヵ国以上をかけ巡る指揮者・阿部加奈子が出会った人、食べ物、自然、音楽etc.を通じて、目まぐるしく移りゆく世界の行く末を見つめます。 阿部家恒例のランチタイムショー 皆さん、こんにちは! 前回の更新からすっかりご無沙汰してしまいました。 2026年が始まってはやくもふた月が過ぎましたが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。 今回、私は年末年始を大阪の実家で家族と過ごしました。両親が主宰する音楽企画会社「あべぷらん」による毎年恒例のランチタイムショーに、私もスペシャルゲストとして出演することになっていたからです。連載の第3回でもちょっと触れましたが、私の両親は合唱指揮者で、現在も合唱団を指揮したり指導したりして夫婦で活動を続けています。両親とその教え子や合唱団メンバーが出演する、歌あり演奏あり寸劇ありというアットホームなコンサートなのですが、昨年はちょうど創立25周年ということもあり、普段は「忙しいから」と免除してもらっていた私もステージに駆り出されることになったのでした。 阿部家恒例のランチタイムショー。左から妹、母、私、父。 私が出演したのは寸劇「ながらづか歌劇団」。説明するまでもないと思いますが、宝塚歌劇団のパロディです(笑)。演じるのは「締め切りに間に合わない作曲家の幽霊」。いつまでたっても曲が書けない!といってピアノをガンガン叩きながら焦っているところへ、妹演じる「長良須磨歩(ながらスマホ)」が現れて、一緒に歌ったり踊ったりしているうちに曲がひらめき、「笑点」のテーマをラフマニノフ風に弾いてめでたしめでたしというオチ(笑)。最後は本家の歌劇団さながら、出演者一同で花を持ってシャンシャンするところまでやりました。会場は終始大爆笑。ちなみに台本を書いているのも妹です。この「ながらづか歌劇団」、長年ランチタイムショーの人気寸劇となっております。こんなことを毎年やっているんですよ。阿部家がいかにオモロい一家であるか、おわかりいただけるでしょうか? 「締め切りに間に合わない作曲家の幽霊」役の私と、「長良須磨歩(ながらスマホ)」を演じる妹(右)。 作曲のことを考え続けた一年 そんな寸劇を笑って演じられるのも、昨年一番の大仕事を無事完遂したから。11月に横浜みなとみらいホールで行われた特別演奏会「オルガン“LUCY”プロジェクト」のことです。横浜みなとみらいホールからの委嘱による私の新曲《風の睦(むつ)び~オルガンとオーケストラのための3章》に、ドビュッシーの交響詩《海》とサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」というフレンチ・プログラム。偉大な作曲家の名作に加えて自作の世界初演も指揮するという大役を拝命し、2025年は指揮の仕事と並行していつも作曲のことを考え続けていた一年でした。 “LUCY(ルーシー)”というのは、横浜みなとみらいホールに開館以来設置されているオルガンの愛称。開港の街・横浜は、実は「日本初のパイプオルガン建造の地」として歴史的にもこの楽器と縁の深い街なのです。日本に入ってきた当時、パイプオルガンは「風琴」と呼ばれていました。私はそこに着想を得て、歴史と共に目まぐるしく変容する「横浜の街」と、その姿をたゆまずに見守り続けてきた「風」との関係をオーケストラとオルガンになぞらえ、両者の「睦び(交流、交遊)」の姿を全3楽章構成で描こうと思ったのでした。 正面に鎮座するのは横浜みなとみらいホールのシンボル、パイプオルガンの“LUCY(ルーシー)” 写真:©藤本史昭 もちろんパイプオルガンの入る曲を作曲するのは初めてですから、ホール・オルガニストの近藤岳さんにあらかじめ奏法や音域などについて、じっくりレクチャーをしてもらいました。パイプオルガンというのは、設置されているホールも含めて一つの大きな「楽器」なんです。近藤さんにあれこれ質問を投げかけてはその場で実演していただいたおかげで、ホールの響きも含めたパイプオルガンの音色をしっかり耳に焼き付けることができました。 超絶技巧を披露してくださったオルガニストの近藤岳さん。実は、大学時代の優秀な同級生! 私は基本的に根が「大阪のオバチャン」なので(笑)、サービス精神旺盛というか、何か依頼を受けると自分にどんなことが求められているんだろう?ということをすごく考えるんです。LUCYは横浜みなとみらいホールのシンボルですから、オルガンが一番映えるにはどうしたらいいかな?とか、地元の人に「この街に住んでいてよかった」と思ってもらうにはどうすればいいかな?とか。少しでも多くの人の期待に応えられる方向性を見いだすまで、時間をかけて考えました。 方向性やコンセプトが決まった時点で、全体の大まかな構造や楽器編成、音のイメージもだいたい見えてきます。あとは頭の中にあるイメージの細部を具体化していくのですが、これを普段の指揮の仕事と並行して進めるのはなかなか骨の折れることでした。同じ忙しさでも、全部指揮の仕事だったらここまで消耗しなかったかもしれません。でも作曲は指揮と違って24時間ずっと考え続けてしまうんですよね。寝ている間も夢の中でずっと音が鳴っているし、書き続けてしまう。脳が休まらないんです。夜中に突然ハッと飛び起きて、ピアノに駆け寄ってギャーッと音を出してみたり。まさに「締め切りに間に合わない作曲家の幽霊」さながらです(笑)。 ところどころスケッチを書き留めたりもしますが、そうやって大部分を頭の中で作曲して、最後の2週間で書きあげました。「楽譜を書く」というのは最終工程で、ほとんど頭の中にあるものを書き取るような作業になります。私は楽譜ソフトを使わず手書きするので、そこからさらに浄書して、パート譜を作成する時間も必要です。かなりギリギリでしたが、周囲の方にもご協力いただきながらなんとか間に合わせることができました。 新曲《風の睦(むつ)び~オルガンとオーケストラのための3章》のスコア(※画像は加工しています) 2024年の客演以来の共演となる神奈川フィルハーモニー管弦楽団の皆さんは、今回もとても丁寧に楽譜を読み込んでこちらの意図を理解し、熱演してくださいました。ソリストの近藤さんによる即興の超絶技巧は、まさに圧巻。LUCYのポテンシャルを最大限に引き出す素晴らしい演奏で、怒濤のクライマックスを演出していただきました。私は自分の作品をこんな風に演奏していただいて、感激するやら照れ臭いやら。聴衆の皆さんからの反応も温かく、ようやく肩の荷を降ろすことができたのでした。 熱演していただいた神奈川フィルハーモニー管弦楽団の皆さんと。写真:©藤本史昭 人生2度目のバーンアウト 終演後はしばらく燃えかす状態(笑)。人生2度目のバーンアウトです(1度目は3.11のチャリティーコンサートのあと。連載第5回参照)。作曲って、少なからず自分の内面を掘り起こすような部分があるので、結構しんどい作業なのです。普段は見ないようにしている自己の内側をじーっと凝視することになるので。 今回の新作も、キャリアのほとんどをヨーロッパで過ごしてきた自分の中にある、「日本」という出自と向きあうことになりました。第2楽章でオルガンを発音機構の似ている笙に、ピッコロを能管に、オーボエを篳篥に見立ててオーケストラで雅楽的な響きの空間を作り出したいと思ったのは、自分なりの日本への愛着と憧憬の表れ。なぜか伝統邦楽の中でも私は雅楽にとても惹かれるものがあるんです。 それは、20代で渡仏し、フランス人作曲家と結婚して作曲を封印、以来現代音楽の新作初演を手がけることにまい進してきた私が、はじめて自分の来し方を振り返り、現在の立ち位置を再確認する時間だったのかもしれません。 同時に、過去の大作曲家―――特に指揮も作曲も両方行っていた時代の作曲家―――への畏敬の念をますます深めました。いやはや、自分で指揮もやりながら歴史に残る大作を書き続けていたなんて! とんでもない偉業だということを再認識しました。今回の経験は、図らずも自分自身の指揮者としての在り方を見つめ直す良い機会となりました。我々再現者は、謙虚な姿勢で真摯に作品に取り組まなくてはいけない、と意を新たにした次第です。 2026年の抱負 年が改まったからといって特に「これ!」といった抱負はないんですが、今年はより能動的にプログラムを考えたり新しい曲を演奏したりしたいですね。もともと誰も手をつけないようなことやオリジナリティのあるものが好きな性格なので。同じことを繰り返していると飽きてしまうんです。自己研鑽に励みつつ、今年も「自分にしかできないこと」を貪欲に追求していきたいです。 この連載が公開される頃には終わっていますが、2月には演奏会でキプロスに行きます。東地中海に浮かぶ島ですが、現在は南北に分かれていて、私が行くのは北の「北キプロス・トルコ共和国」の方です。オランダで知り合ったトルコ人ギタリストが繋いでくれたご縁で呼んでいただいたのですが、はじめて訪れる地ということもあり楽しみです。 キプロス演奏旅行中の一枚。豊かな自然と人々の温かさが心に焼き付きました。 トルコ北キプロス大統領府交響楽団を指揮。大統領夫妻も見えるなか、会場はスタンディングオベーションで大盛り上がり!...