音楽に限らず、深刻な社会問題となっている違法アップロード。著作者が本来得られるはずだった収入が奪われることで、新しい作品を生み出すための資金が減り、結果として文化全体が弱体化……。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、これは紛れもなく実際に起きていることなのです。現代は多くの場合、WEB上で権利侵害が発生していますが、同様の問題は古くから海賊版というかたちで著作権者にとっての悩みの種でした。有名な作曲家たちは、どのようにこの問題と向き合ってきたのか? 著作権法の成立やレンタル楽譜という出版形態の話を交えつつ、ご紹介してまいりましょう。
旋律を盗まれるな!
これまでの連載で楽譜出版について様々な角度から紹介してきましたが、現代でこそ若い世代を中心に、作曲家自身がコンピューターで浄書(清書)するケースも珍しくなくなりましたし、これからもっと増えていくことでしょう。しかし改めて言うまでもなく、作曲家の自筆譜は千年以上にわたって手書きが基本。なんなら、プロの写譜屋にパート譜の作成を依頼すれば、美しくて見やすい譜面を今も手書きで製作してくれます。
このような作曲家が書いた総譜(スコア)から、作曲家自身ないしは第三者がパート譜を作成するという流れ作業は、今から数百年前のバッハやモーツァルトの時代であろうと変わりません。ところが当時は、この写譜をおこなう職人が――まるで経理が金銭を横領するかのように!――こっそり自分用に楽譜を書き写して無断で転売したり、海賊版の出版に繋げてしまう悪人がいたというのです。
実際、ハイドンが自分の作品を出版していたアルタリア社に対して、一部の職人がそうした悪事を働いているとクレームをつけていたり、レオポルド・モーツァルトは息子 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトに、主要な旋律のパート譜だけは自分の目の届く範囲で写譜をさせるように助言を残しているほど。作曲家たちにとっては珍しい話ではなく、日々の防犯意識の一部であったろうことが想像されます。
また出版された楽譜をもとにして、何食わぬ顔で海賊版を製作されてしまう場合もありました。当時の流通状況も影響し、出版地とは異なる都市で海賊版が出回るケースが多かったので、 ベートーヴェンは、大きな音楽出版社がある主要都市で並行して出版の準備を進めたりしました。「悪貨は良貨を駆逐する」の逆で、正しい楽譜を流通させることで、海賊版の稼ぎを潰しにかかったわけです。
あなたが使っている楽譜は正しく入手したものですか?
著作権/上演権という概念の誕生
ですが、こうして作曲家の自衛で対応できる範囲も限られています。そこでコピーライト(Copyright)――直訳すれば「複製の権利」である著作権が法律で定められるようになっていくのです。現代の著作権法の先駆となったのは、イギリスで1709年(現在の西暦では1710年)に発行された「アン法」で、出版物を複製する権利を14年(後に28年)間にわたって保護するというもの(ただし、この法律が守られるようになっていくには、相当な時間を要しています)。
1814年になると「著作権者の存命中」もしくは「出版から28年間」を比べた時に、より長い期間を保護するようになりました。そして1886年のベルヌ条約以降になると、作者の死後50年間(以上)という国々が広まっていくこととなります。
そして演劇や音楽のように舞台上でパフォーマンスされる分野については、印刷物以外でも権利が守られるべきだという考えが登場。先駆となったのは1791年にフランスの法律で定められたパフォーミング・ライツ(Performing rights)――直訳すると上演権・演奏権――です。こうしてオペラや演劇のような舞台作品は、保護期間にある限り、作者の許諾なく上演できない(≒無断上演を裁判で訴えられたら負ける)という風に変化していくのです。
この延長線上で、今度は(「天国と地獄」で知られる作曲家)オッフェンバックのオペレッタ作品で台本作家をつとめたエルネスト・ブルジェが裁判をおこし、自分が関わった作品が舞台で上演されるたびに、金銭を受け取る権利を1851年に勝ち取ります。これがきかっけとなって設立されたのが、世界最古の音楽著作権管理団体SACEM(Société des Auteurs, Compositeurs et Editeurs de Musique)でした。日本における日本音楽著作権協会(JASRAC)の先駆となった団体といえるでしょう。こうして、作品が演奏されるたびに著作権者が収入を得られる仕組みが整えられていったのです。
レンタル楽譜の存在意義
SACEMやJASRACのような団体があるからこそ、著作物が演奏されたり、聴かれたりする機会が多ければ多いほど、著作権者は収入を得られるようになったわけですが、こうした権利が法律で保証されるまでは、前述したように自身で自衛しながら、どうにかして作品を金銭に変えていく必要がありました。
主流だったのは、音楽出版社が作品ごとに楽譜を出版する権利を買い取るというやり方。世界各地で独占的に出版できるのか? それとも、別の出版社が他国で出版することは認めるのか? 契約内容によって実態は様々でしたが、(暗黙の)ルールを破れば、著作権者自身であろうと裁判で敗訴することもあります。
なかには出版社が買い取りを嫌がる作品もありました。その最たるものがオペラや長編交響曲のような大規模作品です。ピアノソロや連弾、弦楽器が加わった室内楽ほどの編成であれば、アマチュアでも演奏しやすく、楽譜が数多く売れるであろうことが予測できますが、オペラの場合、人気がでたアリアを抜粋したピアノ伴奏譜ならともかく、全幕のスコアが数多く売れるはずもありません。
そこで登場するのがレンタル譜という考え方です。演奏ごとに出版社もしくは作曲家自身から楽譜(特にパート譜)を借りるというかたちをとることで、出版社の楽譜買い取りに比べると即金にはなりませんが、演奏されるほど多くの収入を得られるようにしたのです。加えて演奏に際し、作曲家側が条件をつけられるなどのメリットもありました(条件を飲めないなら、パート譜を貸さなければいいのです!)。いずれにせよ、前述した上演権が確立される以前からレンタル譜という仕組みのお陰で、作曲家たちの継続的な収入に繋げることが出来たのです。
この考え方自体は現代でも続いており、海外の音楽出版社では「Rental Service」「Hire Material」など様々な名称で呼ばれています。レンタル金額は「作品の規模」「楽譜を貸し出す期間」と「その間の本番演奏回数」によって変わるというのが一般的。その作品が、演奏される国での初演となる場合は、更に金額が高くなるというケースもあります。
レンタル譜扱いとなることが多いのは、存命中の作曲家による編成の大きな作品。オーケストラでそうした作品が演奏される場合、委嘱作でもない限り、レンタル料を払って楽譜を借りてくることがほとんど。より身近なのは吹奏楽曲でしょうか? こちらもレンタル譜でしかパート譜が出されていない作品が、コンクールで多数演奏されています。はたまた作品自体の著作権が切れていても、パート譜が販売されていないため、レンタル楽譜で演奏され続けている楽曲も多数存在するようです。
こうした努力や工夫によって、作曲家や出版社がきちんと利益を上げられるようになることで、次の作曲や出版へと繋がる資金を蓄えられる……という話は何度も繰り返してきた通りです。未来の音楽文化を生み出す土壌を育てるために、皆さまも海賊版や違法アップロード・ダウンロードに手を出さないよう、引き続きご協力のほど、お願い申し上げます。
(本記事は、2020年10月に執筆した記事を再掲載しています。)
Text:小室敬幸
プロフィール
小室 敬幸
音楽ライター/大学教員/ラジオDJ
東京音楽大学と大学院で作曲と音楽学を学ぶ(研究テーマはマイルス・デイヴィス)。現在は音楽ライターとして曲目解説(都響、N響、新日本フィル等)や、アーティストのインタビュー記事(レコード芸術、intoxicate等)を執筆する他、和洋女子大学で非常勤講師、東京音楽大学 ACT Projectのアドバイザー、インターネットラジオOTTAVAでラジオDJ(月曜18時から4時間生放送)、カルチャースクールの講師などを務めている。
X(旧Twitter):https://x.com/TakayukiKomuro
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