【インタビュー】"推し活"きっかけで夢叶う『漫画 パガニーニ』─やまみちゆかが明かす制作の裏側

 

SNSで話題沸騰し、待望の書籍化が発表された『漫画 パガニーニ ~悪魔と呼ばれた超絶技巧ヴァイオリニスト~』(9月29日発売予定)。クラシック音楽の歴史に名を刻んだ伝説的ヴァイオリニスト・パガニーニの生涯を、情熱とユーモアで描き出したのは、ピアノ講師の傍ら、イラストレーター・漫画家として活躍中のやまみちさん。『漫画 パガニーニ』誕生秘話や制作の裏側について、たっぷり語っていただきました。


ギャップ萌えで始まった推し活

──最初に、なぜパガニーニを漫画の題材にしようと思ったのですか?

 一言で言うと“ギャップ萌え”です。SNSでクラシック作曲家の紹介漫画を描いていたときに「次はパガニーニを描いてみよう」と思って。そのときは「だらしない」「お金に汚い」「女癖も悪い」……みたいな印象でした(笑)。それで、浦久俊彦さんのパガニーニの伝記を読んでみたら「パガニーニは子どもをすごく大事に思っていた」というエピソードがあったんです。そんな子煩悩な姿に"ギャップ萌え"してしまって。

──“ギャップ萌え”がきっかけだったんですね。

 そうです(笑)。さらに調べていくうちに、音楽史に与えた影響も大きいこともわかりました。ショパンやリストなども「パガニーニ」をテーマにした曲を作曲するくらい、19世紀の音楽家たちはみんなパガニーニに憧れていたんです。なのに、現代では悪い印象だけが広まり、知名度も低い。このままだと永遠にパガニーニの真の姿が語られることがないかもしれないと思って、私がぜひとも日本で名誉回復をしたい!と思いました。

やまみちゆかインタビュー(2)

▲SNSに載せていたクラシック作曲家の紹介漫画

読者の声援が支えた創作活動

──2023年5月頃からパガニーニの漫画をSNS上で描かれていますが、最初から本にしようと考えていたのでしょうか。

 いいえ。推し活の一環で、ただただ描いて、SNSにアップロードするという感じでした。なので、読んでくださった方の声援がないと続けられなかったんです。「楽しみにしています」とか「パガニーニに全然興味なかったけど、好きになりました」という声が励みになりました。あとは、単純にパガファンが増えていくのも嬉しかったですね(笑)。

──世間では"同担拒否"という「推しが被るのは避けたい」派の方もいらっしゃいますが、やまみちさんは?

 今のところ"同担歓迎"なんですけど、いつか"同担拒否"に変貌するかもしれない(笑)。でも今はやっぱり、パガニーニ推しが増えてほしいなと思っています。

──パガニーニについてのリサーチはどのように進めましたか?

 当時、日本語で書かれたパガニーニの書籍は3冊(うち1冊は絶版)だけだったので、海外から、ドイツ語やイタリア語の文献を取り寄せることにしました。海外の文献の探し方は、最初は浦久さんの本の参考文献からたどって、あとはSNSで知り合った海外の"パガ友"も、良い本を教えてくれました。

──パガニーニ繋がりのお友達がいたとは(笑)。翻訳するのは大変だったのでは?

 現代はありがたいことに翻訳ツールが発達しているので、基本的には自分で翻訳ソフトを使って、どうしても詳しく知りたいところは翻訳家の方に依頼しています。でも、そのおかげで、まだ勉強中ですがイタリア語もわかるようになってきました。

──パガニーニへの熱量に圧倒されます。

 パガニーニへの愛が溢れて、調べ始めると止まらなくなってしまうんです(笑)。

やまみちゆかインタビュー(3)

▲海外文献の一例。本の厚さが解読の困難さを物語っている

書籍化で見えてきた新たな発見

──今回の書籍化にあたり、修正されたところもありますか?

 SNSにアップしていたときにはリサーチが足りなかった部分を細かく加筆したり、エピソードも少し足したりしています。パガニーニが生きていた時代は紙が高価だったから、封筒を使わず、手紙を折りたたんで蝋を直接つけていたらしいんです。そういった当時の文化も調べてみると本当に面白くて。

──描きおろしとしてどんなコンテンツが追加されますか?

 巻末には、描きおろしのコラムやおまけ漫画、パガニーニ年表、あとは各章に解説をたっぷり追加しました。私の“パガ愛”を詰め込んでしまったので、読者の方がついてきていただけるか、若干不安ですが(笑)。あとはこの漫画が描き上げるまでの過程をレポ漫画として入れる予定です。

細部へのこだわりと史実への忠実さ

──やまみちさんは、ヴァイオリンは弾かれるのでしょうか。

 いいえ。私は弾けないのですが、ヴァイオリンの演奏シーンについては、指の持ち方や構え方など、できるだけ嘘がないように心がけています。ヴァイオリンを弾く後輩に実際に弾いてもらって、動画を撮ってコマ送りにしてトレスしたりもしています。

──ほかにも絵を描く上で特にこだわった点はありますか?

 当時の文化的背景も重視していました。現代では当たり前に使われているヴァイオリンの「顎当て」は、パガニーニの時代はちょうど過渡期で使っていなかったんです。さらに音楽関係の本だけじゃなく、風俗史や服飾、食の本なども読んでいます。当時の文化を細かく描写しないとリアリティが出ないので。

──キャラクターの造形も凝っていますよね。例えば、パガニーニの息子・アキーレは、髪色は父と同じ、目の形は母と同じことに気づいて感動しました。

 じつは、これ史実なんです。「髪の色はお父さん譲りで、顔立ちはお母さん譲りだね」のように書かれていて。でもパガニーニは、アキーレの顔は自分似だとずっと主張していたらしいですけど(笑)。

やまみちゆかインタビュー(4)

▲左から、母・ビアンキ、子・アキーレ、父・パガニーニ

黒ずくめの風貌と圧倒的な演奏

──パガニーニは容姿も魅力的な人物だったのでしょうか。

 いや、実は本人が「私は、顔は別にそんなにイケメンじゃない」と言っているんです。どちらかというと、黒ずくめで手足が長く"ぎょっとする風貌"だったようで……。でも、『ひとたび私がヴァイオリンを弾けば、世の女性はみんな虜になる』と言っていたようです(笑)。

──演奏で魅了していた、ということですね。

 はい。なので、「容姿も魅力的で女子受けするアイドル」という感じではなく、演奏で「男女問わず憧れの的となるスター」だったんじゃないかなと。でも、宿泊先に押し寄せたり、使い終わったヴァイオリンの弦を欲しがったりする女性ファンもいたようです。

やまみちゆかインタビュー(5)

▲パガニーニの風貌(左)と当時の人気を表す一コマ(右)

ドイツ音楽とイタリア音楽の見えざる架け橋

──パガニーニはどんな点で大衆を魅了したのでしょうか。

 普段、音楽を聴かない人でも興味を持てるような仕掛けになっているところかなと思います。楽曲の構成がわかりやすかったり、超絶技巧でダイレクトに「すごい!」と思わせたり。ただ、それが現代では「パガニーニの曲は単純すぎ」と評価されなくなってしまった部分でもあるんですけど。あとは知られていない本当にきれいなメロディの作品もあります。メロディーメーカーとしても優れている面がありますね。

──後世の作曲家たちもパガニーニのテーマでたくさんの曲をつくっていますよね。

 そうですね。でも、当時はドイツ音楽VS.イタリア音楽みたいな風潮があって。実はパガニーニの大ファンだったドイツの作曲家・シューマンも、イタリア音楽反対派だったんですよ。

──パガニーニには、そんな風潮を覆すほどの魅力があったと。

 そう。ドイツ音楽とイタリア音楽の見えざる架け橋のような存在にパガニーニがなっているんじゃないかと個人的には考えています。パガニーニもドイツの作曲家を尊敬していましたから。お互いにリスペクトしあっていた部分もあったんじゃないかなと思うんです。

推し活と創作活動の原点

──漫画はいつから描き始めたのですか?

 漫画自体はもう生まれたときから描いているのですが(笑)、高校生の頃から二次創作活動をやっていて。それで「漫画の仕事がしたいな」とぼんやりと思っているときに、漫画友達から「1,000ページ本気で描いたら、プロになれるよ」と言われたんです。当時は半信半疑でしたが、振り返ってみるとやっぱり1,000ページぐらい描いた頃くらいから上達した感じがします。その後、2019年末くらいから作曲家について描き始めました。

──どのような流れで漫画を描くのでしょうか?

 まず、文字でプロットを書いて、ここを山場にしようとか大まかに考えています。音楽に興味がない人にも「パガニーニって面白い人かも」と思ってもらうことを目標に、物語としても楽しめる作品を心がけて描いています。

やまみちゆかインタビュー(6)

▲執筆中のやまみちさん

19世紀を追体験するコンサート

──2025年9月15日(月・祝)には、パガニーニをテーマにしたコンサート『情・妙・技・巧』も開催されます。このコンサートが開催される経緯について教えてください。

 指揮者の茂木大輔先生が、私の漫画に興味を持ってくださって。以前から「パガニーニのコンサートをやりたい」と言ってくださっていました。そんなとき、ちょうど書籍化のお話をいただいて、さらにコンサートも主催してくださる方も見つかって、波に乗らせていただいたという感じです。

──当日はやまみちさんも登壇されるそうですね。注目してほしいポイントはありますか?

 当時、パガニーニがコンサートで行っていた演出を再現してくださるそうで、私も楽しみです。さらに、漫画の中でパガニーニが演奏している曲も登場します。19世紀の感動を追体験してほしいですね。

やまみちゆかインタビュー(7)

▲コンサート『情・妙・技・巧』のチラシ。豪華出演者にも注目

パガニーニの子孫との奇跡的な出会い

──SNSでパガニーニの子孫の方とやり取りされたと拝見しました。そのきっかけは?

 パガニーニの生まれ故郷である、イタリアのジェノバにいらっしゃるパガニーニ関係者に私の活動を知ってほしくて、手当たり次第連絡していました。最初は団体を間違えちゃったりして、塩対応なときもあったのですが(笑)。最近繋がることができた団体の会長さんがすごく親切な方でした。パガニーニの漫画を出版すると言ったら、とても喜んでくださって「地元でも紹介するよ」と言ってくれました。そして「友達がパガニーニの子孫なんだよね」と紹介してくれたんです。

──運命的なご縁ですね。それはたまたまだったのでしょうか?

 子孫の方が今も生きていらっしゃることは知っていたのですが、まさかご本人と繋がれるとはまったく思ってもいなくて。本当にたまたまでした。お名前も継いでいらっしゃって、現代のニコロ・パガニーニさんは学校で音楽学の先生をされているようです。本が出版されたら、ゆかりの地を巡って直接漫画を渡しに行く予定です。

▲『人生で最も嘘くさい経験』というお題に対してのやまみちさんの投稿(Xより引用)

読者へのメッセージ

──最後に、読者にメッセージをお願いします

 もともと音楽やヴァイオリンに興味がある人はもちろん、全然そんな興味がなくて、ただ面白い漫画が読みたいぐらいのモチベーションで読んでいただいても、きっと楽しめる内容になっています。手に取っていただいて、パガ推しになってくれたら嬉しいです。



取材・文/島田千尋 撮影/木下 仁

 

本記事で紹介した書籍

『漫画 パガニーニ ~悪魔と呼ばれた超絶技巧ヴァイオリニスト~』

『漫画 パガニーニ ~悪魔と呼ばれた超絶技巧ヴァイオリニスト~』

(発行:ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス)


著者:やまみちゆか 監修:浦久俊彦
発売日:2025年9月29日
仕様:A5判縦/224頁
定価:1,980円(税込)

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プロフィール

やまみち・ゆか

やまみち・ゆか

音楽イラストレーター、漫画家。
長崎県出身。長崎大学教育学部音楽科卒業、同大学院修了。
クラシック作曲家の人間的な側面をイラストや漫画で親しみやすく描く。
著書に『クラシック作曲家列伝』(マール社)、『ぼく、ベートーヴェン』(カワイ出版)、『マンガでわかるクラシック音楽の歴史入門』(KADOKAWA)他、『月刊ピアノ』(ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス)にて「もっと知りたい!作曲家のヒミツ」を連載中。


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