「オペラを指揮する」ってどういうこと?【指揮者・阿部加奈子の世界かけ巡り音楽見聞録】

「オペラを指揮する」ってどういうこと?【指揮者・阿部加奈子の世界かけ巡り音楽見聞録】

ある時は指揮者、またある時は作曲家、そしてまたある時はピアニスト……その素顔は世界平和と人類愛を追求する大阪のオバチャン。ヨーロッパを拠点に年間10ヵ国以上をかけ巡る指揮者・阿部加奈子が出会った人、食べ物、自然、音楽etc.を通じて、目まぐるしく移りゆく世界の行く末を見つめます。

今年も残すところあとわずか

みなさん、こんにちは!
早くも年の瀬が近づいてきました。年の瀬といえば、私は今年ちょっと変わった紅白歌合戦に出演します。豪華なオペラ歌手が大勢集う「オペラ歌手紅白対抗歌合戦」です! 私は歌うかわりに(笑)、紅組の指揮を務めます。公演の詳細は末尾にありますので、よろしければぜひ聴きにいらしてくださいね。

先月は母校の東京藝術大学附属高校(藝高)70周年記念コンサートがあり、2台ピアノのために書き下ろした新曲を初演していただきました。3楽章構成の短い舞曲ですが、それぞれの楽章は私が敬愛する音楽家をオマージュして、ラグタイム、ワルツ、プログレッシブ・メタル(!)のスタイルで作曲しました。飯野明日香さん、深見まどかさん、矢野雄太さん、黒岩航紀さんという才気あふれるピアニストのお陰で、お祝いの席にふさわしい華やかで楽しい演奏となり、とっても嬉しかったです! 動画はリハーサルの演奏ですが、それぞれの楽章がどの音楽家をオマージュしているか、わかるでしょうか?(答えは動画の概要欄にあります)

オペラ制作には指揮者に必要な要素が詰まっている

さて、2024年はグノーのオペラ《ファウスト》で始まった一年でしたが(連載第1回参照)、来年以降もオペラのプロジェクトが続きそうです。来年3月にはアムステルダムのオランダ国立オペラで新作の現代オペラを、9月には藤原歌劇団公演のヴェルディ《ラ・トラヴィアータ》を指揮します。後者は私の新国立劇場デビューでもあり、今からとても楽しみです!

合唱指揮者の両親の元に生まれ育った私にとって、「歌」は音楽の原点です。家庭内でもよく家族で歌っていましたし、実は小学生の頃に二期会ミュージカルで子役として出演したこともあるんですよ。そのくらい、昔から歌や演技は大好きだったんです。

指揮科を出たあとのキャリアのスタートも歌劇場でした。ちょうど音楽院を卒業する頃にたまたま公募があり、ご縁があって約一年半、モンペリエ国立歌劇場および管弦楽団の副指揮者を務めました。今思うと、キャリアのはじめにオペラ制作の現場をつぶさに観察することができたのは非常に幸運なことだったと思います。私は「オペラの公演を指揮できれば、何でも振れる」と常々思っているんですが、それはオペラ制作には指揮者に必要とされるあらゆる要素がすべて詰まっているからです。

モンペリエ旧歌劇場(オペラ・コメディ)で上演されたパリ・シャトレ座による《魔笛》
モンペリエ旧歌劇場(オペラ・コメディ)で上演された《ファルスタッフ》。

オペラを指揮するということ

オペラのプロダクションというのは、数ヵ月間にわたって歌手や演奏家も含めて大勢の人と連携しながら進めていくので、さまざまなことに広く神経を行き渡らせる必要があります。そのなかで副指揮者というのは、いわば「なんでも屋」さん。本指揮者に代わって指揮をすることもありますが、もっとそれ以前のこまごまとした雑務が山のようにありました。

リハーサルで本指揮者から「ここ、ピアノじゃなくてピアニッシモにして」と指示が出れば、副指揮者が翌日までにすべてのパート譜を書き換えます。時には指揮者と出演者の間に立って、両者の意思疎通が的確かつ穏便に行われるよう、間を取り持つような役回りをすることも。モンペリエ国立歌劇場にいた頃は毎日深夜12時近くまで働いていて、ほとんど歌劇場に住んでいるようなものでした。そんな時間まで残っているのは私と歌劇場の守衛さんぐらいだったのですっかり仲良しになり、今でも彼とはフェイスブックで繋がっています(笑)。

そうやって現場を経験したことで、制作に関わるいろんな人の気持ちが理解できるようになりました。だから今、本指揮者としてオペラを振る時でも、舞台裏で誰がどんな働きをしているかとか、制作チームの時間配分によって裏方の人たちがどんな影響を受けるかとか、よくわかるんです。これは歌劇場の副指揮者時代に経験したことの賜物だと思っています。

モンペリエ新歌劇場(ベルリオーズ歌劇場)のオケピット。

恩師からのムチャ振り!?

チューリヒ歌劇場では、恩師からの依頼で新作オペラの副指揮者を務めたことがあります。これがまたなかなか大変な現場でした。パリ音楽院時代に管弦楽法のクラスでお世話になったマルク=アンドレ・ダルバヴィ先生(連載第2回参照)の現代オペラ《ジェズアルド》の世界初演だったのですが、新作なので練習初日にオペラの総監督と出演者全員が出席するお披露目会のようなものを行ったんですね。まだオーケストラは使えませんからオケの部分を歌劇場専属のコレペティトゥール(オペラやバレエ作品の音楽をピアノで弾いて稽古を行う人)がピアノで弾いて、作曲者の指揮で最初から最後まで歌手に歌っていただき、だいたいどんな作品なのかを全員で共有するわけです。

そのお披露目会の10分前になって急にダルバヴィ先生が私のところへ来て、「僕、実は今までオペラは振ったことなくて……だから、カナコが振ってくれない?」。突然の展開に「ええっ!? そんな話聞いてない!」と思いましたが、ほかにやる人もいないので断れるわけもなく……。しょうがないので先生の代わりに指揮を振って、どうにか最初から最後まで通して演奏しました。

その一部始終を見ていたコレペティさんが「彼女ならコレペティもできるから私たちは必要ないわね」と思ったらしく、翌日から稽古が始まってもコレペティさんが来ない! 先生は先生で、「ちょっと書き直したいところがあるから」といって現場からいなくなってしまうし……。そんなわけで、いきなり最初から私一人でピアノを弾きながら頭で指揮を振り、歌手に間違った音を指摘したり指示を出したりする日々が2週間ほど続き、このときばかりはさすがにヘトヘトになりました。

2010年、マルク=アンドレ・ダルバヴィの新作オペラ《ジェズアルド》の舞台。

オペラの指揮者に求められること

でも、昔の指揮者はみんなそうやって歌劇場で徒弟修業を積むところから始めていたんですよね。それこそ、カラヤンやフルトヴェングラーのような指揮者でもキャリアのはじめは歌劇場でした。どんな指揮者にも「こういう音楽を作りたい」という強い信念や音楽的能力は不可欠ですが、さらにオペラの場合、大勢の人が関わるプロジェクトをスムーズに動かす能力、つまり良いチームワークを築くことも手腕の一つに問われます。歌劇場はそれを実地で学べる貴重な場です。

特に歌手の方はデリケートですから、メンタルやフィジカルに不調があるとすぐ声に影響が出てしまいます。指揮者は常に、出演者一人一人の体調や現場の雰囲気に気を遣っていなければなりません。それから、ペースの作り方。スポーツでも短距離走とマラソンではペース配分がまったく違いますよね。オペラの場合も、1ヵ月あるいは2ヵ月の練習期間で毎日どのくらいリハーサルを行い、歌手のエネルギーをどのくらいセーブすればベストな状態で本番を迎えられるか、全体の見通しを立てる必要があります。と同時に、オペラ・プロダクションというのは生き物なので、あらかじめ決めた通りには絶対にいかない世界です。毎日が微調整の連続ですから、頻繁な変化に柔軟に対応する能力も求められます。

初演後にツアーを組みたいと考えている場合などは、そのプロダクションを演奏するのに一番効率の良い形に仕上げる、ということも考える必要があります。あまりお金がかかるような形だと外へ持って行くのが難しくなってしまうからです。ちょうど今準備中のオランダ国立オペラのプロダクションもそうなのですが、先のことを踏まえて「こういう書き方をするといいんじゃない?」と私から作曲家に提案することもあります。

2023年に現代オペラ《ゼロ度の女》で英国ロイヤル・オペラ・ハウスにデビューした際にはこんなことがありました。公演の途中で突然、照明が消えて真っ暗になってしまったのです。幸いオケの中に一人だけ、iPadで譜面を見ながら弾いていたチェロ奏者がいました。そのわずかな光を頼りに、しばらくの間ほかのメンバーも私の指揮に合わせて演奏を続けていましたが、暗譜にも限界があります。「これ以上続くなら、演奏を止めないといけないな……」と思ったギリギリのところでパッと照明がつきました。その瞬間、「ああ、やっぱりオペラ座には怪人がいるんだな」と思いましたね。

2023年、現代オペラ《ゼロ度の女》英国初演時の会場、ロイヤル・オペラ・ハウス。

これまでたくさんの国や歌劇場でオペラ公演に立ち会ってきましたが、場所が変わるとさまざまな条件も変わり、「何事もなく済んだ」ということは一度としてありません。同じプロダクションでも国によってお客さんの反応もさまざまですし、意外な発見があったりして毎回勉強になります。来年の公演の様子についても、また連載でご報告したいと思います。いったいどういう予想外の展開が起こるのか、今からドキドキですよ。みなさん、どうぞお楽しみに!(つづく)

著者出演情報

▼2024年11月16日(土) 19時00分開演

東京アカデミッシェカペレ 第67回演奏会
出演:阿部加奈子(指揮)、東京アカデミッシェカペレ(管弦楽と合唱)、盛田 麻央(ソプラノⅠ)、鷲尾 麻衣(ソプラノⅡ)、澤﨑 一了(テノール)、ヴィタリ・ユシュマノフ(バス)
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
URL:https://www2s.biglobe.ne.jp/~kapelle/

[曲目]
バッハ/ウェーベルン:6声のリチェルカーレ
メシアン:キリストの昇天
モーツァルト:大ミサ曲ハ短調 K.427

▼2024年12月27日(金) 19時00分開演

第9回 オペラ歌手 紅白対抗歌合戦 ~声魂真剣勝負~
出演:阿部加奈子、柴田真郁(指揮)、大村博美、梶田真未、砂川涼子、加納悦子、鳥木弥生、林美智子他、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
会場:サントリーホール
URL:http://operaconcert.net/

[曲目]
オペラ・アリア集

※2024年11月15日現在の情報です

プロフィール

阿部加奈子

阿部加奈子

指揮者/作曲家/ピアニスト。
オランダ在住。東京藝術大学音楽学部作曲科を経て、パリ国立高等音楽院にて作曲に関連する6つの課程とともに日本人として初めて同音楽院指揮科で学び、フォンティス総合芸術大学大学院指揮科(オランダ)にて修士号を取得。パリ国立高等音楽院在学中より、ヨーロッパを活動の拠点に、指揮者、ピアニスト、作曲家として多方面で活躍する。2025年11月に横浜みなとみらいホールの委嘱による作曲家・阿部加奈子の新作を、阿部自身の指揮にて神奈川フィルハーモニー管弦楽団が初演する予定である。
公式ホームページ:https://www.kanakoabe.com/(英語、フランス語、日本語)

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