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エレクトーン曲集『WORKS3』発売記念 安藤ヨシヒロに聞く!名曲たちの制作秘話と、“今”。

エレクトーン曲集『WORKS3』発売記念 安藤ヨシヒロに聞く!名曲たちの制作秘話と、“今”。

  エレクトーンプレイヤーとして多くの⼈々を魅了し、現在は作曲家、キーボーディスト、そしてプロデューサーとしても活躍を続ける安藤ヨシヒロ。彼のオリジナル作品を集めたエレクトーン曲集である『WORKS』シリーズに、2025年2⽉18⽇、待望の第3作⽬『WORKS3 〜from "SORA""mindscape<<5"』(『WORKS3』)が加わった。 名曲が世に放たれてから⼗数年たった今、楽曲の制作秘話や作品への思い、安藤ヨシヒロ⾃⾝の”今”について語ってもらった。 ――『WORKS2』から約5年ぶりとなる新刊『WORKS3』が発売となりました。楽譜集『SORA』から収載された3曲(「サクラ」「天上の光」「祈り」)は新たに02シリーズ対応のレジストを制作されたそうですが、改めてご⾃分の楽曲と向き合ってみていかがでしたか?  曲は⼗数年前に作ったものなのですが、今回収載するにあたって、新鮮な気持ちで取り組めました。どうしたら02できれいに⾳が鳴るだろうか試⾏錯誤しながら制作しましたね。⾳⾊を変えたことで曲の雰囲気に違和感が⽣まれたり、「前の⽅がよかった!」となったりしないよう、進化させたいという気持ちで作りました。 15年前も、01でどんな⾵に⾳を鳴らすかを⼀⽣懸命考えながら編曲したのを思い出しました(笑)。 楽譜集『SORA』 ――『SORA』は安藤さんの初メジャーアルバムですが、それまでとは違う挑戦があったのでしょうか。  『SORA』は全体を通してストリングスとピアノ中⼼のサウンドにすると決めて作ったアルバムでした。そんな⾵にコンセプトを決めてアルバムを制作するのははじめてだったんです。それ以前に作ったアルバム『mindscape』シリーズは、好きに作った曲をキュッとまとめる形だったため、『SORA』の制作⼿法は慣れないものでした。弦楽器をフルで収録したのもはじめてで、ああでもないこうでもないとたくさん悩みながら楽譜を書きましたね。エレクトーンはほかの楽器と異なり、演奏しているとさまざまな楽器の⾳⾊に触れます。そうするとひとつの楽器だけじゃなくて、いろいろな⾊のパレットが⾃分の中に⾃然と増えていきます。『mindscape』ではそのパレットから好きな⾊を選んで曲を作って……ということをしてきました。でも『SORA』はコンセプトを決めたことで、⾳⾊的な制約があったのです。その点も、それまでと⼤きく違うところでした。 ――そのようにコンセプトを決めて制作されたのはなぜだったのでしょうか?  いろいろな⾳⾊を使えると、カラフルにはなるのですが、演奏している⼈が⾒えづらくなってしまいます。エレクトーンを知らない⼈が聴いたら、「安藤ヨシヒロ」が何をしているのか、どんな⼈物なのかが⾒えない。だから鍵盤楽器はピアノと決めて、それを「僕」が演奏、プラス弦楽器の⼈がいる。つまり、「⼈がちゃんと⾒える」ように意識しました。制約があったからこそ実現できたと思っています。その制約の中でも「⾃分らしさ」を出したかったので、プロデューサーをはじめいろんな⽅と相談しました。 ――『SORA』の制作には多くの⽅が関わっていたのですね。  最初のアルバムは全部ひとりで作っていました。⾃宅のシンセやエレクトーンで作曲して、それをスタジオに持って⾏ってひとりで編集作業をして。でもエレクトーンプレイヤーとして活動していく中でたくさんのミュージシャンに出会って、楽曲制作に少しずつ参加していただけるようになりました。『mindscape<<5』はもっとも多くの⽅に携わってもらった、僕の活動の中での集⼤成のようなアルバムです。⾃分たちでできることは全部やって、参加して頂いたミュージシャンの⽅たちと全員で作り上げました。スタジオでは⾃分たちでマイクスタンドを⽴てたりして、練習して、レコーディングして……楽しかったですね。今でも作れてよかったなと思う作品です。 楽譜集『mindscape<<5』 ――その『mindscape<<5』から、はじめて「FLY HIGH」が収載されますね。  はい。「FLY HIGH」には「Symphonic ver.」もありますが、元々はこのバージョンが先に出来上がっていたのです。今回収載したノリがいいバージョンは後からできたのですが、バージョン名をなんとつけたらいいかわからなくて(笑)。結局、「バージョン名はつけなくていいよなぁ」ということで今の形になりました。 ――逆だったのですね……! ポップなものを作ってからその後にオケバージョンを制作 するのが⼀般的な⽅法だと思っていました。  そうなんです。先に、とは⾔っても同時期に作っていたもので、「FLY HIGH(Symphonicver.)」はジュニアエレクトーンフェスティバルのテーマ曲として、ノリがいい「FLY HIGH」はエレクトーンステージのテーマ曲として作りました。「FLY HIGH」は直訳すると「⾼く⾶ぶ」ですが、「⼤志を抱く」という意味も持つ、とても前向きな⾔葉です。出演者の後押しをしてくれて元気になれるような、⼒のある曲にしたいと思って作曲しました。  実はどちらの曲もループできるようになっているんです。どんどん転調して、最後まで⾏ったら冒頭と同じ調になって戻る、ループできる構造になっています。そういう⾵に、曲の⾏き先を考えながら作っていました。 ――本当ですね!...

民族音楽だけじゃない! 心安らぐ癒しの音色『カリンバ』の魅力に迫る

民族音楽だけじゃない! 心安らぐ癒しの音色『カリンバ』の魅力に迫る

  (本記事は、2022年5月に執筆した記事を再掲載しています。) 「カリンバ」という楽器を聞いたことがありますか? 人気ゲーム『あつまれどうぶつの森』にも登場して注目されるなど、おうち時間が増えた今、静かなブームを巻き起こしています。「癒される」とハマる人が続出のこのカリンバ、一体どんな楽器なのでしょうか。 木製の箱の上に並んだ金属の棒を、指で軽やかにはじいて演奏する楽器、カリンバ。楽器名を知らなくても、その音色を聴けば、「オルゴール?」「デパートや歯医者さんのBGMでよく聴く、インストゥルメンタル音楽みたい」と思う人もいるかもしれません。アフリカの伝統的な民族楽器で、親指ではじいて演奏することから“親指ピアノ”と呼ばれたり、その柔らかな音色から“ハンドオルゴール”と呼ばれることも。聴けば誰もが心が落ち着き、“癒される”と感じることでしょう。長引くコロナ禍でおうち時間が増え、現在爆発的に売り上げを伸ばしているというこのカリンバ。楽器店やネット通販などでも気軽に購入することができ、3〜4千円と価格も手頃。指ではじくだけで、誰でも簡単に演奏できることもあり、「気軽に始められる」と人気が高まっています。20年以上前に楽器店で働いていた筆者は、民族楽器が好きで、このカリンバをはじめ、インドの弦楽器「シタール」や、ペルーの縦笛「ケーナ」、木で出来た棒状の本体を上下に振ると、雨が振っているような音がする「レインスティック」など、さまざまな民族楽器を取り扱ってきました。中でも価格の手頃なカリンバは、結婚式や忘年会の余興で演奏するために購入する人も多く、プレゼント用としても人気がありました。当時、このカリンバで演奏する曲目といえば、民族音楽のほかには童謡などのやさしい曲が中心でしたが、YouTubeで検索すると、クラシックの名曲から映画音楽、最新のヒット曲やオリジナル曲まで、世界中のさまざまなカリンバ動画を見ることができます。​​​​​​​ 民族音楽だけではない、カリンバの可能性   人気ゲーム『あつまれどうぶつの森』にもアイテムとして登場していることもきっかけとなり、この数年でカリンバの知名度はずいぶん上がりました。カリンバブームの牽引役ともいえる“カリンバYouTuber”のMisaさんは、YOASOBIの『夜に駆ける』や、人気ボカロ曲『千本桜』、『となりのトトロ』『魔女の宅急便』などのジブリ映画音楽など、流行曲やヒットソングをカリンバで軽やかに演奏し、コンスタントに動画をアップ。民族音楽だけではないカリンバの可能性を追求し、その音色の美しさや気軽に奏でられる楽しさを広め、注目を集めています。     そもそも、Misaさんはどのようにしてカリンバを知ったのでしょうか。「きっかけは、通勤電車の中で見ていたYouTubeでした。もともとYouTubeを見るのが好きで、ポップスや洋楽など、いろいろな音楽動画をチェックしていたのですが、ある日突然おすすめに出てきたのが、『OCEANS』という海をバックにカリンバを弾いている海外の動画でした。サムネイルにカリンバが映っていたのですが、最初はそれが楽器ということもわからず、『何だろうこれ?』と、何気なくクリックしてみたんです」(Misaさん)ほんの好奇心から観てみたカリンバ動画。「とても癒される美しい音色に、驚いたと同時に感動しました」というMisaさんは、直感でこの楽器の可能性を感じ、その日のうちにネットで注文。翌日に到着し、自分でも「YouTubeで発信することを決意した」といいます。Misaさんにこれまでの音楽遍歴を尋ねたところ、原点となっているのは子どもの頃に始めたピアノで、中高時代に熱中していた吹奏楽部での経験も、現在に大いに生きているそうです。「幼稚園の頃からピアノを始め、中2くらいまでやっていました。中高は吹奏楽部でオーボエを担当し、中学時代はマーチングの全国大会にも出場するなど、かなり熱心に取り組んでいました」(Misaさん)大人になってからは、ピアノやオーボエを演奏する機会はめっきり減ってしまいましたが、音楽が好きなことに変わりはなく、Misaさんの周りは常に音楽であふれていました。そんな時に出会ったのがカリンバだったのです。「カリンバは、自分で弾いていてもその音色に癒されますし、アレンジを考えるのもわくわくします。オーボエも好きですが、音量を考えると家で吹くのをためらってしまいますし、オーケストラや吹奏楽団などに所属しないと難しいですが、カリンバは音量を気にすることもなく、1人で気軽に楽しめるのも魅力ですね。軽くてどこにでも持ち運びができるので、旅先に持って行ってきれいな景色をみつけると、そこで演奏して動画を撮ることもあります。風景とのマッチングを考えるのも楽しいですね」(Misaさん)     YouTubeでは、定期的に動画をアップすることが重要ですが、継続することの大切さは、部活動からも学んだといいます。「中高の部活動で、音楽の楽しさや、毎日コツコツ努力することの大切さを学びました。その時の経験が、日々の動画制作にも生きているなあと、つくづく感じます」(Misaさん)「カリンバが気になるけれど、何から初めていいのかわからない」という人もいると思いますが、現在はさまざまな楽譜集が出版されています。Misaさんも、これまでに初心者向けの教則本や楽譜集を数冊出版していますが、今回新たに出版された『豪華アレンジで楽しむ Misaカリンバセレクション』(ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス)は、どのような点にこだわったのでしょうか。「これまでの教則本や楽譜集は、初心者や中級者向けにどんどんステップアップしていく構成で、楽譜も意識して初心者や中級者向けに作っていましたが、今回は完全に私の動画でアップしているアレンジを採用しています。けっこう難しい部分もあると思うんですけど、自分が今できる限りのアレンジを詰め込んだので、ぜひお楽しみいただけるとうれしいです」(Misaさん)カリンバといえば、民族音楽や童謡などを奏でることが主流だった時代を知っているだけに、日本から遠く離れたアフリカの民族楽器でJ-POPやボカロ曲など自由に演奏し、大勢の人たちとYouTubeで楽しさを共有しながらコメント欄で盛り上がることができる現在は、すごい時代になったものだなあ……と、しみじみ感じます。昔はこのような楽しみ方はなく、SNSや動画サイトが当たり前となった、現代ならではといえるでしょう。まだまだ続きそうなおうち時間。年齢問わず気軽にチャレンジできるカリンバで、さらに充実させてみませんか?   <PROFILE> Misa 2019年11月にカリンバに出会いYouTubeに演奏動画を投稿スタート。オルゴールのような癒しの音色のカリンバで演奏する動画が人気急上昇。YouTubeの総再生回数は2200万回。チャンネル登録者は13万人を超える。(2022年5月現在) 各メディアに演奏動画が取り上げられるなど、活動の幅を広げている。 Official Web Site:https://misa-kalimbamusic.com/topYouTube:https://www.youtube.com/channel/UCXxhNwJYn9qcEaevTQebmCwX(旧Twitter):https://x.com/misa_kalimbaInstagram:https://www.instagram.com/misa_kalimba/   Text:梅津有希子   本記事で紹介した楽譜   豪華アレンジで楽しむ Misaカリンバセレクション (発行:ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス)...

「好き」が「才能」を飛躍させる子どもの伸ばし方 ~ピアニストで人気YouTuberで東大卒……角野隼斗のマルチな才能はいかにして育まれたか?~

「好き」が「才能」を飛躍させる子どもの伸ばし方 ~ピアニストで人気YouTuberで東大卒……角野隼斗のマルチな才能はいかにして育まれたか?~

  (本記事は、2020年11月に執筆した記事を再掲載しています。) 今、話題のピアニスト角野隼斗の母であり、コンクール入賞者を数多く輩出してきたピアノ指導者・角野美智子が、書籍『「好き」が「才能」を飛躍させる子どもの伸ばし方』を上梓した。本インタビューは、音楽ライターであり、大学で教鞭を執る小室敬幸氏が、その“「原石を磨く」子育て論 ”を最も間近で受けてきた隼斗氏に迫った。  かつては「クラシック音楽の演奏家は技術に長けていても、楽譜がなければ何も弾けない」なんて、嫌味を言われることもあったが、そんな状況も徐々に変わりつつある。近年、若手ピアニストたちを筆頭に自ら作曲・編曲をしたレパートリーを披露することも珍しくなくなったからだ。そもそも20世紀前半まで、偉大なピアニストの多くは作曲家でもあったことを思えば、なんら不思議なことではない。むしろ、聴衆をあっと言わせるエンターテイメント性と、心に深く語りかける芸術性を両立できるコンポーザー=ピアニストこそが、クラシック音楽の未来を切り開く存在となり得るはずなのだ。 そうした期待のかかる新世代ピアニストの筆頭格が角野隼斗(すみの・はやと)である。国内外のコンクールで優勝・上位入賞を重ねてきた実力派であると同時に、2020年11月現在でチャンネル登録数55万人を誇る人気YouTuber “Cateen(かてぃん)”として、それまでクラシック音楽に興味のない人々からも熱狂的に支持されている。それでいて東京大学・大学院を修了したインテリジェンスな経歴も持つのだから驚くほかない。この才人は、どのような環境で育ったのか? その謎を解くヒントとなる書籍が11月28日に発売となった。書名は『「好き」が「才能」を飛躍させる子どもの伸ばし方』、著者は角野隼斗の母・美智子だ。ピティナ(一般社団法人全日本ピアノ指導者協会)の指導者賞を連続20回受賞するなど、ベテランのピアノ指導者として知られている角野美智子は、なんと隼斗だけでなく現役の芸大生である妹の未来(みらい)も優れたピアニストへと導いている。 さぞやスパルタ英才教育だったのかと思いきや、そうでもないらしい。書名からも伝わる通り、子ども一人ひとりの「好き」を大切にする指導は、ピアノや音楽だけに留まらず、21世紀に相応しい子育て論にもなっていて、実に興味深い。今回は著者ご本人ではなく、息子・隼斗の目線から母・角野美智子の教育について語ってもらった。     ――まずは率直に、お母様が書かれた原稿を読んでみていかがでしたか? 僕は普段から「好奇心が原動力であることが、一番大事だ」と考えたり、たびたび言ってきたりしたんですけれど、読んでみると同じことが書いてあって、母の受け売りじゃんと(笑)。それで初めて、教育だったんだなと気付きました。そういえば、そうだったなと思い出したというか。――子育て論や音楽教育論であると同時に、隼斗さんと未来さんの半生を綴った内容でしたもんね。 エピソードは盛られていませんでしたよ(笑)。――教育を受けたご当人が読まれても、ありのままの内容だと(笑)。プロを目指すようなピアノのレッスンというと、未だに昭和的な「スポ根」イメージというか、スパルタでビシバシやるもんだと思われている方がいるかもしれないですけど、角野家の教育方針は真逆ですよね。とにかく、子ども自身の意思を尊重する。そして結果を出すことばかりにこだわらない。 そういうことをちゃんとアピールしてくれたのは僕も嬉しくて。実際、厳しく「こうやりなさいっ!」っていうスパルタ教育を受けたわけではないですから。あくまでも楽しんだ先に、たまたま現在のような結果がついてきたんです。教育熱心な方ほど具体的なノウハウを求めがちかもしれませんが、大事なのはマインド。この本もノウハウを書いているんじゃなくて、マインドを示しているんだと思います。――具体的な方法論ではなく、意識の持ち方・考え方が大事だということですよね。ピアノの指導者としてではなく、母としての美智子さんはどんなママだったんですか? 千葉が地元なんですけど、小学校の頃はやんちゃで不真面目で、先生にも呼び出されてましたし、母にもよく怒られてました。今から思えば心配してくれていたんだと思います。でも中学受験をして、開成(中学校・高等学校)に入ってからは何をしても……ってそんなに悪いことをしたわけじゃないけど(笑)、帰りが遅くても勉強しなくても、怒られたり、何か言われたりはしなかったですね。――一方、お母様は本のなかで『中学生になって、子どもたちだけでゲームセンターに出入りするようなことも、まったく気にならなかったと言えば嘘になりますが、隼斗が熱中していたのは音ゲーでしたので、これもまた「音楽に関係があるなら、いいか」とおおらかに見ていました』と正直に書かれていらっしゃいますね(笑)。放任するのではなく、親として心配はする。でも強制や束縛まではしない。言うは易しですけど、親としてはさじ加減が難しいところです……。 母は教えている時に、子どもが楽しそうかそうじゃないかが敏感に分かるみたいなんです。だから無理矢理やらされて、あんまり笑顔がないままというのは、母としても苦しい。とはいえコンクールで良い成績を取るために目指す過程は、成長するためにすごく重要で。なおかつ重要と言いながらも、それが全てにならないよう気を使ってるように見えますね。発表会とかでも、そんなことをスピーチでいつも言っています。 だから「好き」を大事にするというのは、放任しているだけでもなくて、興味がある部分や得意な部分をどうやってブーストしてあげるのかってことだと思うんです。コンクールも結果を出すことにこだわるんじゃなくて、ブーストするために良い成績を目指す。親もピアノの先生も、そのための潤滑油になるというか。     ――結果にこだわってしまうと入賞できなかった時、努力した分だけかえって精神的にこたえますしね……。本に書かれていた、妹・未来さんが小学校5年生の時にコンクールで思うような結果が出なかったことが続き、進学校を目指して中学受験をしたいと言い出したというエピソードは非常に印象的でした。 僕からすると妹は対照的な存在ですね。小さい頃の僕は、本は全く読まない完全に理系でとにかく数字が大好き。それに対して未来は本が大好きで、逆に算数・数学があまり好きではなかった。そして、音楽家としてやっていくために表に積極的に出ていかないといけないと僕が思っているのに対して、妹は自分からあんまり何かを言い出したりはしないんです。――おふたりのTwitterのアカウントを比べると、割となんでもつぶやかれる隼斗さんと、自分の出演情報が中心の未来さんってな感じで、その性格の違いがはっきり出ていますね(笑)。 でも、意思はすごく強くあるんですよ! そういう根本部分は僕も未来も一緒なのかもしれない。妹の意思が強いなと特に感じたのは中学と高校受験を決めた時で、僕も中学受験をしましたけど、そこに強い意思はなかったですから。――本のなかで書かれていたように、小学校の授業が退屈になってしまった隼斗さんに、好奇心を育める環境として塾に行ってみないかとお母様が勧められたんですよね。中学受験をするために塾に通いだしたわけではなかった。 そうなんです。東大に行くときも迷いましたけど、それは開成にいれば普通の道ですから。でも妹は中学受験で進学校を、高校受験で芸高(東京芸術大学附属音楽高等学校)を受けていて、自分がその時いる環境とは敢えて違う選択をするっていうのを、人生で2回もやっている。強い意思がないと出来ないなと。――兄妹でこんなに対照的な受験だったんですね……。でも、ちゃんとどちらの受験勉強も乗り越えられたのは、ただ塾に通わせたり、家で勉強しなさいって言ったりするだけでなく、お父様が朝一緒に勉強に付き合ってくれていたことも大きかったそうですね。 いま思うと本当にすごいなって思うんですよね……。だって毎朝6時に起きるのは僕もつらかったけど、平日毎日遅くまで仕事している父さんの方がもっとつらいじゃないですか。そんな中で朝の1時間、その勉強に付き合ってくれたのは本当にありがたかったなと思っています。 そもそも、もっと小さかった頃からパズルゲームや数学の問題をだしてくれていたので、算数まわりの興味に関しては母だけじゃなく、父のお陰でもありますね。ちょっとした待ち時間に魔方陣の問題を出してくれたりして楽しませてくれましたし。――なんかお話を伺っていくと、家族であり、チームでもあるように思えてきます! 何かプロジェクトを遂行する上で、当人に丸投げされるのではなく、力が発揮できるようチーム一丸となって出来る範囲の協力を惜しみません。 この本は子育て論ということにはなっていますけど、学生とかが読んでもきっと面白いんじゃないかなと思うんです。要は、この本の中における僕の視点で読めば、どういうふうにに考えてどう生きるのか、みたいなところにも通じてくるから。さっきも言ったように、僕は常日頃から「好奇心が原動力であることが、一番大事だ」と思っていて、それは何のどんなジャンルにおいても変わらないんです。     ――ピアニストとしても、YouTuberとしても、東大の大学院で研究をしていた時も、変わらないと! 自分が興味あるかもしれないと思ったことを、どんどん突き詰めていくからこそ、どんどん知らない世界が広がっていってもっと楽しくなる。そこに楽しみを見いだせるようになることこそが、人生を豊かにするために大事なことだと思うので、そういう意味では今後の進路を迷ってる方とか、学生に限らず社会人にとっても、子育てに関係ない目線で読んでも面白いんじゃないかなとは思いますね。――確かに、会社のなかで部下との関係に悩む上司にとっては、どうやったらお互いにとって無理なく、良い仕事が出来るのか?を考えるヒントにもなりそうです。これからの時代に相応しい、根性論とは正反対に位置するこうした考え方へシフトチェンジしていくためには、各々が「誰かの正解」を目指すのではなく、ひとりひとりが「自分の正解」を見つけられるようになる必要があるようにも思えます。 そうですね。やっぱり自信のなさとか、コンプレックスからくるものだと思うんですよ。だから具体的な結果とか、分かりやすく周りから認められる何かに、すがりつこうとしてしまうんじゃないんでしょうか。本来、それは何のためにやっていたかって考えてみれば、ピアノだったら音楽を楽しむ“ため”に始めたわけですよね。でも結果に固執してしまい始めると、何の“ため”だったのか分からなくなってしまう。それはすごくもったいない。 結果って相対的なものだから、コンクールで一位になる経験を全員がするのは不可能なわけじゃないですか。全員が一位になったら、今度は一位の意味がなくなってしまいますし。――都市伝説的に語られた「運動会の徒競走で、全員手を繋いで、並列でゴールする」なんて例と一緒ですもんね。 だからこそ、子どもに頑張れば良い結果が取れるよって言うのも、それはそれで無責任な話だと思っているんです。でも、結果を求めるために起こした行動の中で、自分が何を学んだか? どんな新しい世界を知れたか?っていう、自分の中で変化が起きていれば、それはすごく意味のあることになると思います。それを楽しめるようになってもらいたい。 そのためには、もうひとつ、何が自分の信念で、何がそうではないかっていう意識を持つことも大事ですね。それを貫き通さないと、SNS上の誹謗中傷とか悪口に振り回されてしまうし、ころころと方向性がぶれてしまうと、誰から見ても何をやってるのかが分からなくなってしまいますから。――まさに、それを背中で示してくれていたのがご両親であったわけですよね。この本にお母様が込められたであろう思いと重なってきます。 自分の考え方や興味の方向とかもそうだし、自分のマインドとか考え方みたいなところも学んでいたんだってことを本を読んで改めて気付かされましたし、親の偉大さ、大きさみたいなことを強く感じることが出来ました。――ご本人があとから気付くっていうのは、理想の教育かもしれませんよね。無理強いされることなく導かれていき、辿り着いた先が自分自身にとって幸せで、素直に感謝できる。理想的な親子関係だなって思ってしまいました。是非、色んな方に『「好き」が「才能」を飛躍させる子どもの伸ばし方』を読んでいただきたいですね!   (インタビュアー小室敬幸氏と)​​​​​​​   Interview&Text:小室敬幸Photo:神保未来   本記事で紹介した書籍 「好き」が「才能」を飛躍させる 子どもの伸ばし方 (発行:ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス) 角野美智子 著発売日:2020年11月28日仕様:四六判縦/168ページ定価:1,760円(税込)ISBN:9784636965551 購入はこちら...

6月にデビュー・アルバムを発表、現役の東大院生でユーチューバーの顔も持つ、角野隼斗とは?

6月にデビュー・アルバムを発表、現役の東大院生でユーチューバーの顔も持つ、角野隼斗とは?

  (本記事は、2019年7月に執筆した記事を再掲載しています。) 2018年、ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリを受賞し、今年6月には初の公式アルバム『パッション』をリリース(デジタル限定配信発売)した角野隼斗。現在、東京大学大学院でAIの研究をしている現役の学生でもある。そしてCateen名義でYouTubeチャンネルを持つユーチューバーでもあるのだ。あらゆる音楽のジャンルを行き来しながらアクティブに活動している彼は、穏やかに、言葉を慎重に選びながらも、研究について、音楽について、興味深い話をいろいろと聞かせてくれた。※ピティナとは、1966年に発足した、ピアノを中心とする音楽指導者の団体で、ピアノ指導者をはじめ、ピアノ学習者や音楽愛好者など、約16,000人の会員が所属する団体。(ピティナHPより)   グランプリを受賞して、ピアノはただの趣味ではなくなった   ―まずは、ピアノを始めたきっかけから教えてください。角野:母がピアノの先生で、3歳頃から始めたみたいですが、最初の記憶は、4歳で初めてピティナのコンクールに出たことですね。当時は、A2級という幼稚園のクラスの下にA3級というクラスがあって、それが最初に出たコンクールです。5歳のときにはA2級で全国(決勝大会)まで行けて、その後ピティナには毎年出ていました。―そして昨年はついに特級グランプリを受賞されて。角野:よかったです、本当に。実は特級に出る前は、コンクールに出ることに対して、自分の中でマンネリ化というか、モチベーションが下がっていたんです。2016年の、大学3年のときには日本国内やアジアで行われた様々なコンクールに出たりしたんですけどコンクールに参加することの意味がわからなくなっていたんです。―それは、なぜですか?角野:音大生でもない人間が、コンクールなんか出て何の意味があるのかな、と思っていました。ピアノを弾くことは変わらず楽しいんですけど、目標というか、向き合い方がわからなくなっていたんです。そんなときに、特級に出ることを勧められて。これは大きな挑戦だし、しっかりやろうと。グランプリをとったことで、世界が一気に開けました。コンサートも爆発的に増えたし、こうやっていろいろなメディアで取材していただいたり。自分の中で、ピアノに対する思いが、ただの趣味ではなくなったというか、責任を持って音楽活動をしていこう、という覚悟ができました。     ―開成中学・高校から東京大学に進まれたわけですが、音大に行こうと思ったことは?角野:実は高校の頃は、ピアノというか、クラシックから気持ちが離れていたんです。部活でX JAPANのコピーバンドをやったりして。僕はドラムを叩いてまして。YOSHIKI、ですね(笑)。あと、音楽ゲームが好きで、jubeat(ユビート)というゲームの全国大会では、高3のときベスト8に入りました。これは、16個のマスから音が出てきて、それを正しいタイミングで指で叩くという、指でやるもぐらたたきみたいなゲームで、ピアノをやってる人はすぐ上手くなっちゃうんですよ(笑)。音ゲーは、音楽が電子音楽なので、エレクトロニカとかテクノとかも好きでしたね。―そうして様々なジャンルを経由して、またクラシックに気持ちが戻ったわけですね。角野:大学に入ってからですね、クラシックの楽しさを再認識したのは。再認識といっても、そもそも小学校の頃だって、クラシックをおもしろいと感じていたかどうか微妙です。おもしろいと感じる以前に、やっているのが当然、だったので。本番で弾くのは好きだったんですけど、練習は嫌いだったし。中学に入ってから、親から練習しろとあまり言われなくなったことで、開放感というか、ちょっと逃げというか、そんな感じになって。思春期にありがちな(笑)。でも、逃げる先は、ジャンルは違ってもやっぱり音楽でしたね。―東大ではクラシックの「ピアノの会」とバンドサークル「POMP」の両方に所属されてたんですよね。角野:はい、POMPではジャズもやってました。やっぱり、複雑に作りこまれているような音楽がおもしろいと思うようになって、ジャズを聴いたり、自分でも弾くようになって。そのうえでクラシックを聴くと、楽曲の構成や、ポリフォニックな和声、音色の美しさに改めて気がついて。アレンジ、作曲の勉強という意味でも、クラシックから学べることは本当に多いんです。   AIと音楽について研究中、AIと人間の演奏は“変さ”が違う!?   ―アレンジといえば、YouTubeでチャンネルを持っているんですよね。米津玄師さんの曲なんかもピアノで演奏されてアップされてます。こういう活動はいつから?  youtube Cateen / Hayato Suminoチャンネル 角野:中学くらいからですね。ニコ動(ニコニコ動画)が盛り上がっていた頃で、自分でもやってみたいと思って、中3のとき初めてボカロとか音ゲーの曲をニコ動にアップしました。―ほんとにジャンルの垣根がないですね~。自由!角野:僕はジェイコブ・コリアーというアーティストが好きなのですが、彼もきっとジャンルのことなんか考えてないと思うんです。自分の表現したいものを突き詰めていった結果、新しい音楽が生まれた、ということだと思います。僕もジャンルのことは今はあまり考えてないです。もちろん、クラシックももっと勉強したいと思っていますが、最終的には自分で作った作品を自分の演奏を通して伝えたい、新しいものを表現したいなという思いがあるので、これからも編曲した曲や作曲した曲をYouTubeで公開していくつもりです。生配信も定期的にやっているので、ぜひ、チャットでリクエストなんかもしていただければ嬉しいです。―昨年はフランスに留学されていたそうですね。角野:フランス音響音楽研究所というところに、9月から5か月間行っていました。僕は音楽とAIの研究をやりたいと思っていて、今、院の研究室では自動採譜、自動編曲の研究をしているんです。音源を与えられたときに自動的にスコアに変換するというのは、ある程度は今の技術でもできるんですが、単純にスコアにするだけではあまりおもしろくないので、オーケストラの音源を、ピアノで演奏したときに近くなるようなスコアにする、要するに編曲が自動でできるような技術を研究しているんです。フランス音響音楽研究所はまさに僕がやりたいことを勉強できる場所でした。―留学中、ピアノは?角野:もちろん、ピアノも弾いていました。ご縁があって、ジャン=マルク・ルイサダ先生とクレール・テゼール先生につくことができて。ルイサダ先生にはショパンを、テゼール先生にはフランスものを主にレッスンしていただきました。パリでは何回かリサイタルもやりました。4月にはサール・コルトーというホールでやらせていただき、300人を超えるお客様にご来場いただけました。     ―大学院を終えられあとは、どうされるんですか。角野:研究もピアノも、どんな形にせよ両立させていきたいと思っています。すごく難しいことですけど、どちらも音楽のことなので、自分で音楽をやっている人間の視点は研究にも絶対メリットになると信じています。この前、とあるイベントでAIとジャズセッションしたんです。POMPの先輩にも参加してもらって、僕はピアノを弾いて。そのときおもしろいことがわかったのですが、AIと人間の演奏は“変さ”が違うんです。AIは人間をまねて作ってるのに、人間とは“ハズれ方”が違うんですよ。そこに、人間の下手な演奏を再現するよりはるかにおもしろい、新たな音楽があるんじゃないかと思いました。芸術の発展というのは、きっとそういうことなのかな、と。人間が予想できる範疇をちょっと超えたところ、それが新しいと感じられるんです。ものすごく遠いことをやると、なんだそりゃ、と理解されないんですよね。そういう“ちょっと超えたところ”をAIで探せるんじゃないかと、今、可能性を感じています。より、ピアノに深く迫ったインタビューは、月刊ピアノ9月号(8月20日発売)に掲載。https://www.ymm.co.jp/magazine/piano/<PROFILE>[角野隼斗(すみのはやと)] 1995年生まれ。2018年、ピティナピアノコンペティション特級グランプリ、及び文部科学大臣賞、スタインウェイ賞受賞。2002年、千葉音楽コンクール全部門最優秀賞を史上最年少(小1)にて受賞。2005年、ピティナピアノコンペティション全国大会にて、Jr.G 級金賞受賞。2011年および2017年、ショパン国際コンクール in ASIA 中学生の部および大学・一般部門アジア大会にてそれぞれ金賞受賞。これまでに国立ブラショフ・フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、千葉交響楽団等と共演。現在、東京大学大学院2年生。金子勝子、吉田友昭の各氏に師事。2018年9月より半年間、フランス音響音楽研究所 (IRCAM)...