「好き」が「才能」を飛躍させる子どもの伸ばし方 ~ピアニストで人気YouTuberで東大卒……角野隼斗のマルチな才能はいかにして育まれたか?~
(本記事は、2020年11月に執筆した記事を再掲載しています。) 今、話題のピアニスト角野隼斗の母であり、コンクール入賞者を数多く輩出してきたピアノ指導者・角野美智子が、書籍『「好き」が「才能」を飛躍させる子どもの伸ばし方』を上梓した。本インタビューは、音楽ライターであり、大学で教鞭を執る小室敬幸氏が、その“「原石を磨く」子育て論 ”を最も間近で受けてきた隼斗氏に迫った。 かつては「クラシック音楽の演奏家は技術に長けていても、楽譜がなければ何も弾けない」なんて、嫌味を言われることもあったが、そんな状況も徐々に変わりつつある。近年、若手ピアニストたちを筆頭に自ら作曲・編曲をしたレパートリーを披露することも珍しくなくなったからだ。そもそも20世紀前半まで、偉大なピアニストの多くは作曲家でもあったことを思えば、なんら不思議なことではない。むしろ、聴衆をあっと言わせるエンターテイメント性と、心に深く語りかける芸術性を両立できるコンポーザー=ピアニストこそが、クラシック音楽の未来を切り開く存在となり得るはずなのだ。 そうした期待のかかる新世代ピアニストの筆頭格が角野隼斗(すみの・はやと)である。国内外のコンクールで優勝・上位入賞を重ねてきた実力派であると同時に、2020年11月現在でチャンネル登録数55万人を誇る人気YouTuber “Cateen(かてぃん)”として、それまでクラシック音楽に興味のない人々からも熱狂的に支持されている。それでいて東京大学・大学院を修了したインテリジェンスな経歴も持つのだから驚くほかない。この才人は、どのような環境で育ったのか? その謎を解くヒントとなる書籍が11月28日に発売となった。書名は『「好き」が「才能」を飛躍させる子どもの伸ばし方』、著者は角野隼斗の母・美智子だ。ピティナ(一般社団法人全日本ピアノ指導者協会)の指導者賞を連続20回受賞するなど、ベテランのピアノ指導者として知られている角野美智子は、なんと隼斗だけでなく現役の芸大生である妹の未来(みらい)も優れたピアニストへと導いている。 さぞやスパルタ英才教育だったのかと思いきや、そうでもないらしい。書名からも伝わる通り、子ども一人ひとりの「好き」を大切にする指導は、ピアノや音楽だけに留まらず、21世紀に相応しい子育て論にもなっていて、実に興味深い。今回は著者ご本人ではなく、息子・隼斗の目線から母・角野美智子の教育について語ってもらった。 ――まずは率直に、お母様が書かれた原稿を読んでみていかがでしたか? 僕は普段から「好奇心が原動力であることが、一番大事だ」と考えたり、たびたび言ってきたりしたんですけれど、読んでみると同じことが書いてあって、母の受け売りじゃんと(笑)。それで初めて、教育だったんだなと気付きました。そういえば、そうだったなと思い出したというか。――子育て論や音楽教育論であると同時に、隼斗さんと未来さんの半生を綴った内容でしたもんね。 エピソードは盛られていませんでしたよ(笑)。――教育を受けたご当人が読まれても、ありのままの内容だと(笑)。プロを目指すようなピアノのレッスンというと、未だに昭和的な「スポ根」イメージというか、スパルタでビシバシやるもんだと思われている方がいるかもしれないですけど、角野家の教育方針は真逆ですよね。とにかく、子ども自身の意思を尊重する。そして結果を出すことばかりにこだわらない。 そういうことをちゃんとアピールしてくれたのは僕も嬉しくて。実際、厳しく「こうやりなさいっ!」っていうスパルタ教育を受けたわけではないですから。あくまでも楽しんだ先に、たまたま現在のような結果がついてきたんです。教育熱心な方ほど具体的なノウハウを求めがちかもしれませんが、大事なのはマインド。この本もノウハウを書いているんじゃなくて、マインドを示しているんだと思います。――具体的な方法論ではなく、意識の持ち方・考え方が大事だということですよね。ピアノの指導者としてではなく、母としての美智子さんはどんなママだったんですか? 千葉が地元なんですけど、小学校の頃はやんちゃで不真面目で、先生にも呼び出されてましたし、母にもよく怒られてました。今から思えば心配してくれていたんだと思います。でも中学受験をして、開成(中学校・高等学校)に入ってからは何をしても……ってそんなに悪いことをしたわけじゃないけど(笑)、帰りが遅くても勉強しなくても、怒られたり、何か言われたりはしなかったですね。――一方、お母様は本のなかで『中学生になって、子どもたちだけでゲームセンターに出入りするようなことも、まったく気にならなかったと言えば嘘になりますが、隼斗が熱中していたのは音ゲーでしたので、これもまた「音楽に関係があるなら、いいか」とおおらかに見ていました』と正直に書かれていらっしゃいますね(笑)。放任するのではなく、親として心配はする。でも強制や束縛まではしない。言うは易しですけど、親としてはさじ加減が難しいところです……。 母は教えている時に、子どもが楽しそうかそうじゃないかが敏感に分かるみたいなんです。だから無理矢理やらされて、あんまり笑顔がないままというのは、母としても苦しい。とはいえコンクールで良い成績を取るために目指す過程は、成長するためにすごく重要で。なおかつ重要と言いながらも、それが全てにならないよう気を使ってるように見えますね。発表会とかでも、そんなことをスピーチでいつも言っています。 だから「好き」を大事にするというのは、放任しているだけでもなくて、興味がある部分や得意な部分をどうやってブーストしてあげるのかってことだと思うんです。コンクールも結果を出すことにこだわるんじゃなくて、ブーストするために良い成績を目指す。親もピアノの先生も、そのための潤滑油になるというか。 ――結果にこだわってしまうと入賞できなかった時、努力した分だけかえって精神的にこたえますしね……。本に書かれていた、妹・未来さんが小学校5年生の時にコンクールで思うような結果が出なかったことが続き、進学校を目指して中学受験をしたいと言い出したというエピソードは非常に印象的でした。 僕からすると妹は対照的な存在ですね。小さい頃の僕は、本は全く読まない完全に理系でとにかく数字が大好き。それに対して未来は本が大好きで、逆に算数・数学があまり好きではなかった。そして、音楽家としてやっていくために表に積極的に出ていかないといけないと僕が思っているのに対して、妹は自分からあんまり何かを言い出したりはしないんです。――おふたりのTwitterのアカウントを比べると、割となんでもつぶやかれる隼斗さんと、自分の出演情報が中心の未来さんってな感じで、その性格の違いがはっきり出ていますね(笑)。 でも、意思はすごく強くあるんですよ! そういう根本部分は僕も未来も一緒なのかもしれない。妹の意思が強いなと特に感じたのは中学と高校受験を決めた時で、僕も中学受験をしましたけど、そこに強い意思はなかったですから。――本のなかで書かれていたように、小学校の授業が退屈になってしまった隼斗さんに、好奇心を育める環境として塾に行ってみないかとお母様が勧められたんですよね。中学受験をするために塾に通いだしたわけではなかった。 そうなんです。東大に行くときも迷いましたけど、それは開成にいれば普通の道ですから。でも妹は中学受験で進学校を、高校受験で芸高(東京芸術大学附属音楽高等学校)を受けていて、自分がその時いる環境とは敢えて違う選択をするっていうのを、人生で2回もやっている。強い意思がないと出来ないなと。――兄妹でこんなに対照的な受験だったんですね……。でも、ちゃんとどちらの受験勉強も乗り越えられたのは、ただ塾に通わせたり、家で勉強しなさいって言ったりするだけでなく、お父様が朝一緒に勉強に付き合ってくれていたことも大きかったそうですね。 いま思うと本当にすごいなって思うんですよね……。だって毎朝6時に起きるのは僕もつらかったけど、平日毎日遅くまで仕事している父さんの方がもっとつらいじゃないですか。そんな中で朝の1時間、その勉強に付き合ってくれたのは本当にありがたかったなと思っています。 そもそも、もっと小さかった頃からパズルゲームや数学の問題をだしてくれていたので、算数まわりの興味に関しては母だけじゃなく、父のお陰でもありますね。ちょっとした待ち時間に魔方陣の問題を出してくれたりして楽しませてくれましたし。――なんかお話を伺っていくと、家族であり、チームでもあるように思えてきます! 何かプロジェクトを遂行する上で、当人に丸投げされるのではなく、力が発揮できるようチーム一丸となって出来る範囲の協力を惜しみません。 この本は子育て論ということにはなっていますけど、学生とかが読んでもきっと面白いんじゃないかなと思うんです。要は、この本の中における僕の視点で読めば、どういうふうにに考えてどう生きるのか、みたいなところにも通じてくるから。さっきも言ったように、僕は常日頃から「好奇心が原動力であることが、一番大事だ」と思っていて、それは何のどんなジャンルにおいても変わらないんです。 ――ピアニストとしても、YouTuberとしても、東大の大学院で研究をしていた時も、変わらないと! 自分が興味あるかもしれないと思ったことを、どんどん突き詰めていくからこそ、どんどん知らない世界が広がっていってもっと楽しくなる。そこに楽しみを見いだせるようになることこそが、人生を豊かにするために大事なことだと思うので、そういう意味では今後の進路を迷ってる方とか、学生に限らず社会人にとっても、子育てに関係ない目線で読んでも面白いんじゃないかなとは思いますね。――確かに、会社のなかで部下との関係に悩む上司にとっては、どうやったらお互いにとって無理なく、良い仕事が出来るのか?を考えるヒントにもなりそうです。これからの時代に相応しい、根性論とは正反対に位置するこうした考え方へシフトチェンジしていくためには、各々が「誰かの正解」を目指すのではなく、ひとりひとりが「自分の正解」を見つけられるようになる必要があるようにも思えます。 そうですね。やっぱり自信のなさとか、コンプレックスからくるものだと思うんですよ。だから具体的な結果とか、分かりやすく周りから認められる何かに、すがりつこうとしてしまうんじゃないんでしょうか。本来、それは何のためにやっていたかって考えてみれば、ピアノだったら音楽を楽しむ“ため”に始めたわけですよね。でも結果に固執してしまい始めると、何の“ため”だったのか分からなくなってしまう。それはすごくもったいない。 結果って相対的なものだから、コンクールで一位になる経験を全員がするのは不可能なわけじゃないですか。全員が一位になったら、今度は一位の意味がなくなってしまいますし。――都市伝説的に語られた「運動会の徒競走で、全員手を繋いで、並列でゴールする」なんて例と一緒ですもんね。 だからこそ、子どもに頑張れば良い結果が取れるよって言うのも、それはそれで無責任な話だと思っているんです。でも、結果を求めるために起こした行動の中で、自分が何を学んだか? どんな新しい世界を知れたか?っていう、自分の中で変化が起きていれば、それはすごく意味のあることになると思います。それを楽しめるようになってもらいたい。 そのためには、もうひとつ、何が自分の信念で、何がそうではないかっていう意識を持つことも大事ですね。それを貫き通さないと、SNS上の誹謗中傷とか悪口に振り回されてしまうし、ころころと方向性がぶれてしまうと、誰から見ても何をやってるのかが分からなくなってしまいますから。――まさに、それを背中で示してくれていたのがご両親であったわけですよね。この本にお母様が込められたであろう思いと重なってきます。 自分の考え方や興味の方向とかもそうだし、自分のマインドとか考え方みたいなところも学んでいたんだってことを本を読んで改めて気付かされましたし、親の偉大さ、大きさみたいなことを強く感じることが出来ました。――ご本人があとから気付くっていうのは、理想の教育かもしれませんよね。無理強いされることなく導かれていき、辿り着いた先が自分自身にとって幸せで、素直に感謝できる。理想的な親子関係だなって思ってしまいました。是非、色んな方に『「好き」が「才能」を飛躍させる子どもの伸ばし方』を読んでいただきたいですね! (インタビュアー小室敬幸氏と) Interview&Text:小室敬幸Photo:神保未来 本記事で紹介した書籍 「好き」が「才能」を飛躍させる 子どもの伸ばし方 (発行:ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス) 角野美智子 著発売日:2020年11月28日仕様:四六判縦/168ページ定価:1,760円(税込)ISBN:9784636965551 購入はこちら...