
「現代音楽」ってなんだろう?【指揮者・阿部加奈子の世界かけ巡り音楽見聞録】
ある時は指揮者、またある時は作曲家、そしてまたある時はピアニスト……その素顔は世界平和と人類愛を追求する大阪のオバチャン。ヨーロッパを拠点に年間10ヵ国以上をかけ巡る指揮者・阿部加奈子が出会った人、食べ物、自然、音楽etc.を通じて、目まぐるしく移りゆく世界の行く末を見つめます。 新たなチャレンジ みなさん、こんにちは! そろそろ日本でも春を告げる花々が咲き始める頃でしょうか。卒業や入学など、新たな門出を迎える方も多いことと思います。 この記事が公開される頃、私は前回の連載でもちょっとご紹介した新作オペラ《ウンム》の初日を迎えます。「普段はアラブ音楽を演奏している伝統楽器アンサンブルを、フランスで西洋音楽を学んだ日本人が指揮する」というのは、会場となるオランダ国立歌劇場にとっても史上初の試みなのだとか。そんな新しいチャレンジに、私自身とてもワクワクしています! 新作オペラ《ウンム》のリハーサル風景。左から、作曲家のブシュラ、演出家のケンザ、私、ソプラノ歌手のベルナデタ。 オペラ《ウンム》を演奏するアムステルダム・アンダルシアン・オーケストラのメンバー達と。 気づいたら「現代音楽の専門家」に 最近では古典作品を振る機会も増えましたが、私がパリで指揮活動を始めてから15年ほどはずっと現代音楽ばかり演奏していました。これまで手掛けた新作初演は200を超えます。ですから、私のことを「現代音楽の専門家」と認識している人もきっと多いでしょう。 そういう人からすると意外に思われるかもしれませんが、実は昔から現代音楽が好きだったというわけではないんです。むしろ、私の両親は合唱指揮者で、自分も小さい頃からミュージカルや児童合唱団で歌ったりしていましたから、芸高に進んでからも「私はきっと合唱曲を書くような人になるんだろう」と思っていました。学生の頃はフランス近現代の作曲家が好きでよく聴いていましたね。特にメシアンとデュティユー、それからプーランク。自分は、彼らが書くような美しい響きを持つ曲を書きたいと思っていました。私の親戚のおじさん(横川晴児)がNHK交響楽団の首席クラリネット奏者だった関係で、高校時代はクラリネットの作品をよく聴いていたのですが、とりわけ好きだったのがプーランクのソナタです。芸高の作曲科卒業作品にもクラリネット・ソナタを書きました。現代音楽の象徴みたいに思われている、いわゆる無調の音楽(調性のない音楽)を自分で書くことはありませんでした。 プーランク《クラリネット・ソナタ》。当時持っていたCDがポール・メイエさんの演奏によるものでしたが、その後共演をきっかけに仲良くさせていただくことになるなど夢にも思っていませんでした。 ただ、小さいときから「新しいもの好き」だったことと、ソルフェージュ(楽譜を読んで演奏するための基礎能力)が得意だったことは、少なからず影響していると思います。複雑な現代音楽を演奏するのに、ソルフェージュ能力はとても役に立つんです。私はわりと子どものときから楽譜を読むのが速く、また耳も良かったので一度聴いた曲はだいたい覚えてしまいました。だからほかの人が苦労するような変拍子とか複雑な譜面も、わりに楽に読めてすぐ振ることができる。すると周囲からも「あなた得意だからやってよ」と頼られるようになり、私も「自分が得意なことで役に立てるなら」と率先して引き受けているうちに、「あなた現代音楽好きなんでしょう」といってさらに依頼される機会が増え……気づいたら現代音楽の仕事ばかりが私に集中していました(笑)。 音楽家の基礎教養 一般に、現代音楽と聞くと「難解」というイメージを持つ方が多いでしょうか。フランス語で「現代音楽」を含む表現の一つに「musique savante」という言葉がありますが、これは言ってみれば「教養のある人のための音楽」というような意味です。アカデミックな作曲を勉強した人が書いた、歴史に残るような作品を指すときに使います。これは現代音楽の一側面を言い得ているかもしれません。 私が20代の頃に学んだパリ音楽院の楽曲分析のクラスでは、歴史に残る偉大な作曲家の古典作品を徹底的に勉強させられました。モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、ドビュッシー、フォーレなどの書法を学び、彼らの書法を使って自分でも曲を書いてみるという授業です。過去の偉大な作曲家の書法を学ぶことは、音楽家の基礎教養の一つというわけですね。 楽曲分析のクラスで作曲家の書法を勉強するうち、自分の中で何かが繋がるのを感じました。それまで現代音楽は現代音楽として、古典作品とは別個に存在するものだと思っていたのが、リンクし始めたのです。過去にどんな書法があり、どんな過程を経て現在の書法が生まれたのか、一つの大きな流れとして見えてくるようになりました。すると一見難解に見える現代音楽も、過去の音楽に連なる表現の一つとしてよくわかるようになるんです。 それだけではありません。時代ごとの音楽が、実際の社会の変遷とどう連動し、その結果何が起きたか。その歴史的な繋がりを知ると、自分自身の音楽家としての役割の自覚が促されます。すると、自分が音楽家として社会にどう発信していけばよいかが明確になるし、自分が今後進むべき道も見えてくる。過去を学ぶことは、結局自分の未来にも繋がってくるんです。楽曲分析のクラスでそれを学ぶことができたのは、非常に有意義なことでした。私は猪突猛進したいタイプなので(笑)、自分の進むべき道がよくわからないままなのは嫌ですから。 科学技術の発展と現代音楽 現代音楽というのは、そもそも世の中の大多数の人が是とするものに決然と異を唱えるような、そういう精神を持つものですよね。私が当時知り合った現代音楽の作曲家たちもそうでした。彼らはみな非常に教養があって話していて面白いし、音楽についても教わることがとても多かった。そうして自分も知識が増えてくると、まったく新しい音楽に接したときでも知識をどう応用すればいいかがわかって俄然面白くなるわけです。 他方で、今私がお話ししたような音楽、つまり「musique savante」とはまったく異なるタイプの現代音楽もあります。パリ音楽院にはチリやペルー、ヴェネズエラといった南米出身の留学生もたくさんいるのですが、彼らの多くはそもそも調性だとかバッハから現代に至るまでの作曲の書法を参照して作曲していません。むしろ音楽以外の造形美術や現代アート、映画制作の技術などから影響を受けている人が多いんです。 特に大きな影響を与えているのは電子音楽です。いきなり電子音楽から作曲に目覚める、そういう人たちが生まれてくる世代なんですね。歴史的に見れば電子音楽というのも科学技術の発展のなかで生まれたものですが、電子音楽が生まれたことはその後の現代音楽の有り様にも大きな変化をもたらしました。それまでの音楽がハーモニー・リズム・メロディを三大要素とするようなものだったのに対して、そこからこぼれ落ちるもの、たとえばノイズなども音楽の要素として扱われるようになるわけです。その先駆けとなった作曲家の一人が、エドガー・ヴァレーズ(Edgard Varèse, 1883~1965)です。 エドガー・ヴァレーズ《アメリカ》。いつか日本でも指揮してみたい作品の1つです。 科学技術の発展はそのほかにも同時代の多くの作曲家にインスピレーションを与えました。フランスを代表する作曲家、ピエール・ブーレーズ(Pierre Boulez, 1925~2016)がパリに国立音響音楽研究所(IRCAM)を創設したのも、その流れの一つです。その頃になると音楽というものが何か情緒的な意味をなすものというだけでなく、科学的な現象の一つとしても捉えられていくようになります。それこそ音の周波数を解析したりするような、緻密な計算のもとに音楽が作られるようになるわけです。 そういう音楽を初めて聴いた人は、耳慣れない響きに戸惑うかもしれません。ですが、音楽というのは本来、言葉にしがたい抽象的なものを表現できるものです。聴き手がどのように受け取るのか、そこに正解はありません。もちろん、聴き手の知識や経験によって受け取る情報が変わってくることはあると思いますが、そこに優劣はないはず。解釈は個人の自由に委ねられています。誰かの受け止め方を「間違っている」などと批判することはできないし、批判する必要もまったくない。そもそも芸術というのは、そういうものだと思っています。 「発明」とは、集積された技術や知識を組み替えること...